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修 行 ③
ごうぅぅ、と炎が渦巻く。
背中から、ユミ待ちなさい、と叫ぶようなママの声。
-- ママ、大丈夫。あついけど、シロを探さなきゃ。
「シロ!」 呼ぼうとして、咳き込む。煙が喉に入って苦しい…… けど、見えた。小さな白いしっぽと、小さな体。三角の、大きな耳。
あついけど、がまん。火の間をくぐって、子犬にたどり着き、抱き上げる。
もう、大丈夫。一緒に逃げよう……
その時。燃える柱が、崩れるように倒れてきた --
「あああああああっ!」
自分の叫び声で、果穂はふっと我に帰った。
目の前にあるのは、仕立ての良いグレーのジャケットの胸ポケット。冷たい手が、宥めるように背中を何度も撫でている。
『落ち着いたか?』
「うん…… ユミちゃんは?」
『成仏していった。もう苦しくない、ありがとう、と』
「そっか、良かった…… ありがとう、銀治郎」
果穂はほう、と息をついた。
「殴った瞬間に、ユミちゃんの記憶や思いが頭の中に流れ込んできて…… 引きずられそうになった」
熱さも痛みも、苦しすぎて感覚が無くなる瞬間も、それでも友達だった子犬を守ろうと抱きしめた少女の気持ちも…… 果穂はリアルに体験していた。
「あのまま戻ってこれなかったら……」
呟いて、ゾクリと身を震わせる。
-- あのまま、霊の記憶とでも言うべきものに引きずられていたら…… 果穂は、廃人になっていたかもしれない。
「こんなの、初めてだ……」
『戻るか?』
「いや、続ける」
気遣わしげな表情でのぞき込んでくる銀治郎に、果穂はキッパリと首を横に振った。
「私の修行に必要なこと、わかった気がする。限界まで、やってみる」
『わかった。サポートする』
「よろしく」
短く答え、果穂は次の霊に、渾身の拳を叩き込んだ。
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