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邂 逅 ③
「無理無理無理っ、無理です……!」
『そこを頼む! どこでも好きな部位を、しっかり殴り飛ばしてくれればいいから』
「だから無理なんです!」
『俺は…… その辺に漂ってる白いヤツらよりも、霊としての魅力がない、ということだろうか?』
「いえ、そんな問題ではなくてですね!」
実力的に無理なのだ。
果穂の 『霊を殴って成仏させる』 能力が効くのは、実体をしっかり保てないレベルの、力の無い浮遊霊。
整った目鼻立ちにスーツの折り目までハッキリと見え、物を動かすことができる上位の霊 (果穂の仕訳でいえば 『大悪霊』 にあたる) では、成仏させるなど、到底無理。逃げるしかない、対象なのである。
そんなわけで、ようやっと最初のショックから立ち直り足腰に力が入るようになった果穂は…… 逃げた。
しかし、すぐに無駄だということが、分かった。
彼は、どこまでもピッタリと果穂の横について懇願してくるのだ。
『直感したんだ…… 俺にはきっと、君しかいない!』
これがもし、好きな人に言われたのなら嬉しいのかもしれないが…… 最後の恋愛は中学生の頃、気づけば早や10年以上が経過している。
―――― 向こうから告白してきて、霊感があるのが気持ち悪いと浮気されて、トラウマになった。
もう恋なんてしない、と思ったわけではないが、なんとなくひとりでいるうちに、ひとりの方がラクになり…… 今や果穂は、立派な枯女である。
それはさておき。
「ですから! そういうことは専門の霊能者さんに頼んでください! わたしはただの会社員ですから!」
『全員ダメだったんだ!』
「なら、よけい、わたしには無理でしょうが……!」
ふっ、と彼が止まる気配がした。
『そうか。迷惑掛けたな』
「いえ、分かってくださったら……」
果穂が言いかけた時には、彼の姿はすでに消えていた。
(少し悪かった気がしないでもないけど…… 無理なんだから、仕方ない)
時刻はいつの間にか、夜中の11時を回っていた。
もうこれ以上、浮遊霊を殴る気にもなれない。果穂は大通りに出て、トボトボと帰り道をたどった。
エレベーターのない、4階建て独身用マンションの4階の角。そこが、果穂の住まいである。
(頼られても助けてあげられないって、重いな……)
仕方ないんだから、と自分に言い聞かせつつ階段を上り、果穂は思わず、悲鳴を上げそうになった。
自宅の扉の前には、モデルのようにすらりとした立ち姿の、彼が…… いた、のだ。
廊下の薄暗さの中でもなぜかハッキリと分かる笑顔で、大悪霊は軽く手を上げてみせたのだった。
『お帰り、果穂』
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