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元IT系社長の霊 ①
「粗茶ですが」
『ああ、ありがとう』
独身用マンションの一室、狭いながらも楽しい我が家。ほぼ寝るためにしか機能していないので、適度に散らかっている。きちんと掃除するのは週1回あれば良い方ですが、何か?
……という部屋に、男など呼ぶことになるとは。しかもその男が、まさかの大悪霊クラスの悪霊だとは。
30分前までは、考えてもいなかった。
道で偶然に出会い、『殴ってくれ』 「無理です」 のやり取りを繰り返しながら、恐怖で動かない身体でどうにかこうにか逃げ、やっと振り切った…… と思ったら、自宅扉の前に居た時には、回れ右して110番通報しそうになった。
家の前にストーカーの悪霊がいるので入れません…… 通報したら間違いなく、頭おかしい女扱いされるだろうが。
仕方なく覚悟を決めて家に上げ、朝食用の紅茶などを有り合わせのマグカップで差し上げている次第である。
『温かい紅茶は久々だ』
カップの縁から離れた形の良い唇が、わずかに綻んでいるところを見ると、お世辞というわけではなさそうだ。
-- 月堂銀治郎、享年28歳。
幼い頃から優秀でマサチューセッツ工科大学を18歳で卒業、日本で友人と共にIT企業を立ち上げるも、10年経たないうちに働き過ぎで過労死。 --
『朝起きてみたら、霊感のある友人兼秘書1名除き誰からも見えなくなっていたのには、参ったよ。
仕方ないからコロニャにかかったことにして、彼を通して2週間で事後処理 「その時点で成仏しておけば良かったのに」
久々に人と話せて嬉しいのか久々の紅茶が美味しいのか、それともその両方か…… 延々と続きそうな話をぶったぎる、果穂。
普段は遠慮深い方だが、霊に対してまで遠慮してなどいられない。余分な気遣いは、付け入られる原因を作るだけである。
「お迎えとか、来なかったの?」
『事前に、俺にソックリな不法侵入者に説教して帰す夢なら見たが』
「 そ れ だ 」
『そうか。あれか』
たぶん徳治郎じいさんだな、あれは…… などとブツブツ言う銀治郎。
『とにかく、遺体が腐る前に処理はさせたものの、その後も会社が心配で居残っているうちに、成仏したくても成仏できなくなったんだ』
そんなわけで、ときっちり座り直し、彼は果穂に向かって、深々と頭を下げた。
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