1/6
前へ
/14ページ
次へ

 一ヶ月前のことです。  私が一人暮らしをしているマンションの前に彼女はいました。確か病院からの帰りだったと思います。マンションはぐるりと植え込みに囲まれていて、植込みのレンガの縁に彼女は座っていたのです。    額に掛かった髪のせいで顔はよく見えませんでした。  通り過ぎようとしたのですけど、私の足は彼女の前で靴底が地面にくっついたようにピタリと止まりました。だってその女性、女の子なのに髪の毛はひどくぼさぼさで、服装も所々虫食いの毛羽立ったパーカーと、くたびれたパンツ……とても黙って見過ごせない、すごく可哀そうな感じがしたのです。  あ、彼女を下に見たとかそういうことではけしてありません。小さな頃から「人には親切にしなさい。困っている人がいたら手を貸しなさい」──そういう風に敬虔なクリスチャンの祖父母に、幼い頃から厳しく育てられたものですから。  とにかくそういう育ちもあって、私はあまり躊躇なく彼女に声を掛けました。   「あのう、あなた大丈夫?」  俯いて背中を丸めている彼女が私の声に反応を示すのに、数秒の間がありました。その数秒の間に、やっぱり声掛けしない方が良かったかしらとか、お節介だったかしらとかのネガティブな考えが頭を過りました。たまに私のお節介に怒り出す人もいますから。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加