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その出来事から2週間も経たないある日、また偶然出会ってしまった。小久保に。
「山本!」
見つからないようにやり過ごそうとしていたのだが、私を見つけると、犬が飼い主を見つけたかのように走って近付いてきた。あのタブレットを大事そうに抱えて。
「小久保・・・」
「今日は奥さんと海に行こうと思っているんだ。 今日は結婚記念日だから、プロポーズをしたホテルに泊まって…」
嬉しそうに話しかける小久保の言葉を遮っていってしまった。痛々しくて、涙が流れていた。
「小久保!…聞いたよ。俺、お前のことそんなに知ってるわけじゃないけど、でも・・・。苦しいよな。お前の体、普通じゃない。お前の体、骨と皮だけじゃないか。食べなきゃだめだ。現実を見ろよ。生きなきゃ・・・」
「・・・・・・」
「生きてるよ」
小久保の顔からは人懐っこい笑顔が消えていた。声のトーンも暗い。
「人はいつか死ぬ。そんな当たり前のことわかっているし、俺はそれを乗り越えた。今、こうして生きているだろ。笑えているだろ。幸せなんだよ。このタブレットには桜の行動パターンが記録されている。桜ではないが、俺は桜の死をこんな方法で乗り越えた。」
何か文句あるか、とでも言いそうな強い口調。私は呆然としていた。小久保の言う通り、小久保は確かに生きて笑っている。私はその小久保に対して何を言った?
しばらくの間、どちらも何も言わなかった。沈黙の時間がどれだけ過ぎただろう。
「山本はいい奴だな」
明るい声。そういって私の肩を叩いて小久保は去っていった。
タブレットを大事そうに抱えた後ろ姿は、やはり嬉しそうで、足取りはとても軽く見えた。
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