オンラインデート

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先日偶然会った同級生の話―  平日の昼間、仕事で得意先の挨拶に行くために駅に向かうと、明らかに不審な男が改札前に立っていた。身なりはきちんとしていて、グレーのシャツにジャケット、紺のパンツ姿。髪の毛もかなり長めなのだが、きれいにセットされていた。それでも数m先から近づきたくないと思わせるのは、小刻みに震え、怪しい目をきょろきょろと動かして何かを探しているからだろう。ちらちらと時計を見て時間も気にしているようだ。  得意先には後輩と向かう予定なので、駅前で待ち合わせをしていた。挙動不審な男から少し距離を取り、見るともなしに様子を眺めていると、その男はタブレットパソコンをバッグから取り出して操作を始めた。すると、すぐに男は声を出して何かに喜び、満面の笑顔を見せた。明らかにおかしい。近くを通る人がじろじろと見ていた。そんな周囲の目はお構いなしに、男は何やら嬉しそうにタブレットに向かって話しかけている。確実におかしな奴だ。私は彼を見ながら、何か申し訳ないやら悲しいやら、同情するような気持ちになった。 「行こうか」 おそらく、その男はタブレットの画面にいったのだろう。男はこちらに向かって歩いてきた。ちらちらと目を合わさないよう、近づいてくる男の顔を見た。段々と近づく男の顔を見て、血の気が引いていくような恐ろしさを感じた。目の周りがくぼみ、むき出しになった目玉だけが飛び出し、焦点が合っていない黒目が進行方向を見ていた。顔は土色で頬はこけ、生きていないのではないかと疑うような生気のない顔だった。遠くからはわからなかったが、服は驚くほどきれいで、そこから飛び出す手足だけが、ミイラのように骨と皮だけの不気味なものだった。  何も見ていないのではないかと思っていた瞳の焦点が定まり、かすかな光がさしたような気がした。その視線の先には私。間違いなく目が合った。慌てて視線を外した私に近づく男、 (なんだ?怖い…)  動悸が激しくなり、その場から動くことができなくなっていた。そんな私に次の瞬間、思いがけないことが起こった。 「山本、だよな」  甲高い声でその男は確かに私の名前を呼んだ。顔を上げると、その男がはにかみながら私を見ていた。 (わからない) 本当に見覚えがない。誰なのか必死で頭の中の記憶をたどる。 「わからなくて当然だよ。俺は小久保。中学の時同じクラスだった、美術部の。あの時、俺かなり太ってたし、まともに話す友達もいなかったから」 そういってニコニコと笑う男と当時の暗い雰囲気の同級生のイメージがかすかに重なった。 「あ、ああ、お前…、え~と、絵が上手だった小久保か。たしか、スケッチブックを持ち歩いて漫画なんか描いてた?」 「うわ、覚えててくれたの?嬉しいわ~」 体全体で喜びを表して握手をもとめてくる彼の手は、見た通り骨と皮だけの痛々しいものだった。握り返したら崩れてしまうのではないかと心配になりながら、握手を交わした。 (なんだ、当時と全く違うな) 以前の太っている暗い雰囲気の小久保とは大きく違っていたのだが、フレンドリーな小久保に違和感を忘れていた。 「先輩!」 呼ばれて振り向くと、これから得意先に一緒に向かう後輩が立っていた。明らかに一歩引いている。 「ごめんよ、仕事中でこれから得意先に行くとこなんだわ。小久保は?」 小久保は「よくぞ聞いてくれました」とばかりににっこりと笑って、 「今日はデートなんだ。奥さんとね」 「え、お前、結婚してたの?」 あの小久保が?という悪いニュアンスで聞いてしまった。そんな私に、無邪気な笑顔で、 「ああ、2年前にな」 薬指の指輪を得意げに見せてくれた。 「そっかぁ、いいな~。小久保も既婚者か。奥さん、今度紹介してくれよな」 「ああ」 そういって小久保はタブレットを私に見せる。 「え・・・?」 「俺の奥さんだ」 「え、え~と…」 「オンラインデートとでもいおうか。近くに住んでいないからさ」 タブレット画面には黒髪の長い眼鏡をかけた美しい女性。しかし、私が戸惑ったのは、その女性が絵で描かれたものだったから。そして、次の瞬間、その女性は瞬きをして、 「ハジメマシテ、純平ノ妻デス。桜トイイマス。」 そういって挨拶をしてきた。ぞくっとした。 「これは・・・」 本当に妻なのか?アバターというもので本当に画面の向こう側に小久保の奥さんがいるのかもしれない。しかし、それを確かめるのが怖かった。小久保の顔とタブレットの女性の絵。2つを交互に見ると、秋だというのに、寒気がして震えが止まらなくなった。 「もう、電車がくるから・・・」 ブツリと話を切ると、後輩を連れて足早に改札口にむかった。 後ろを振り返ると、小久保がニコニコと画面に話しかけている。本当に幸せそうな姿だったが、やはりその視線の焦点はあっていないように感じた。
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