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天正10年6月2日
何処かで、喧騒が鳴っていた。
炎が火の粉を舞い散らせて音を立てていた。
終焉は、すぐそこまで迫っていた。
ああ、熱い。ごうごうと燃え盛る炎が、俺の身を焦がそうとしている気配がする。もう逃れる術はない。だから俺は剥き出しの床にじっと胡坐を掻いてただ部屋の壁を見据えていた。
部屋の隙間から燻したような煙が入りこんできて目に染みる。思わず瞼を下ろしたその裏には、泣き出しそうに歪んだ顔でこちらを見つめるアイツの顔があった。
光秀。
俺の――俺の、
その後に続く言葉は、どうしても出てこなかった。
部下。側近。同僚。兄弟。戦友。
そのどれもが当てはまるようで、そのどれもが当てはまらない。
奥歯を噛み締めれば俺の脳裏に浮かんだ光秀は苦しそうに息を吸ってその端正な唇から言葉を落とす。
“信長様”
馬鹿だなぁ、お前は。そんな顔すんなら断りゃあいいのに。
馬鹿がつくほどの真面目で――……不器用で。
俺は分かってたよ。お前が断れないことくらい。だからお前に頼んだんだよ。
……俺を殺してくれってさ。
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