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自分が雪掻きをしていた店の玄関には、奇麗に雪が無くなっていた。今日は晴れたのだろう。眠り込んでいて全く気付かなかった。俺は勝手口に回る。裏手に見慣れたバイクが停まっているのを見る。まさか、と思うが自分で確かめてみないと分からない。そこから店内を覗き込んだ。
マスターはグラスを磨いていた。店内には、巧の姿がある。黒いエプロンをしていた。俺がいつも使っているものだ。やっぱり、と重い見るとカウンターには昨日来たあの男―大谷の姿があった。
とてつもなく嫌な予感がして、俺は来たことを後悔する。でも巧が俺の代わりに店に出ているのだ。帰る訳にはいかなかった。
巧がマティーニと何かマグカップのような物を運んでいくのが分かる。カップからは湯気が立っていた。
「ありがとう。今日はあのΩの子はいないのですね。いい判断だ。意外と賢い人だ、マスター。それにこの子はβだ。貴方と釣り合いますね」
「歩の事知ってんですか」
巧がぶっきらぼうに話すのが聴こえる。俺は、誰にも気づかれないように身を潜めた。
「…この前会いましたよ。貴方は彼の友達ですか」
背筋が凍りつく。
お願いだ、友達だと言ってくれ。
巧に念を送りつつ、俺は手を組んでぎゅっと握った。
「恋人です。一緒に住んでます」
「何と…何ということ」
大谷が驚愕の声を出す。罪だ、とでも言わんばかりに。すると大谷の隣に誰かいるのか、女の声がした。ここからは見えないのだ。
「甘くておいしい。これ。ほら、恭一」
女はあくまでも自分の飲み物の事しか話さないようだ。しきりに大谷に勧めているようだが、大谷は取り合わなかった。
「伸子さん、ちょっと…これもお仕事なので」
「…」
黙り込んだ女。その顔が見たくて、俺はそっとばれないようにドアから覗き込んだ。
長い黒髪に真っ白のコート。何か暖かい飲み物を飲んでいるようだ。マスターが作ったホットミルクだろうか。
「マスターのコレ、美味いよな。俺も飲んだことある」
巧が笑って話す。その言葉に咳ばらいをして、大谷という男はマティーニのチェリーをグラスから取り出した。
「βの貴方が、Ωの彼と釣り合わないのは分かっているのですか?若いからといっても、許されないことがあるのですよ。これからこの国は変わっていかなければならない。全てを管理して、優秀な国にしなければならない」
「恭一、ケーキ食べたい」
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