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真剣な話の途中に突然自分勝手なことを言いだす女に、巧は笑いだした。
「アンタ、面白いな。歩に会わせてやりてェ」
「結構。この子はαなのです。本来なら、あなた方と会わすのも嫌気が差しているのに」
大谷は明らかに嫌そうに巧に話す。
「アンタ、身重なのか」
伸子、と呼ばれた女は、腹が大きい。
ええ、と女は言った。
「恭一の子」
淡々と話す女は、余程の心臓の持ち主だ。
「私はαとαの婚姻を望んでいます。本来なら異種同士は子を為すべきではない。私の信念です。しかしαとΩは仕方ないでしょう。Ωは子をなすために生まれた人種だ。βはβ同士で種を残すべきだ。そう、男女でね」
「ふーん、おっさんひん曲がった考えだな」
巧はケラケラと笑っている。俺はハラハラしながら巧を見守っていた。
「私が?この私が?…面白い子だ」
大谷は巧に言われたことが余程可笑しかったのか、声をあげて笑った。
巧はお盆をマスターに渡すと、コーラの瓶を飲みだした。それから大谷に言う。
「それはさ。おっさんが好きになったこの子がたまたまαだっただけで。もしβだったらどうすんの」
「それは無い。この子はαだ。αの彼女を私は愛している。βだったら愛さない、ということだ」
「そう思い込んでるだけだよ、おっさん。人を好きになるって、そんなに単純な事じゃねェよ」
巧は、真っすぐに大谷を見つめた。
「俺は───あいつが今αだって言われても、βだって言われても。変わんねーよ、この気持ちは。人の気持ちだけは、種族じゃ縛れない」
「Ωは管理するべき人種です、君は分かってない。Ωの本性を」
俺は隠れながら胸が痛くなる。身体が言うことを利かないあの感じ。あれを管理出来たら、とは思う。でも、Ωの発情期の時こそ、自分の愛情を、相手の愛情を一番に知ることもできるのだった。
「俺はあいつがΩでなくなっても同じだよ。ずっと一緒に居る」
「じゃあ、君が管理なさい、一生」
「管理じゃない。首輪は要らない」
「αに番にされたら?どうするんです」
勝ち誇ったように大谷は言う。それを見て、巧は躊躇いもなく言った。
「あいつはー多分死ぬよ。そしたら俺も死ぬんだ。そう、決めてる」
その時の巧の眼はとても澄んでいて、俺は思わず胸が熱くなる。
その通りだった。
俺は、番にされたら死のうと思っていた。
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