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「私は、はーとのパッケージを卒業しようと思います」
五月某日、運営の神代清から「大事な話がある」と呼び出されたオンライン会議。神妙な面持ちのエリナの口から出た言葉に、サヤカもルリも凍り付いてしまった。
その数秒後、思いあたる節はいくつかある。と、サヤカは気づいてしまう。四月に発令された緊急事態宣言の影響で、事務所から活動制限が通達され、ライブやレッスンはおろか、メンバーが集まることすら敵わなくなってしまった。そんな中サヤカの発案で、互いの安否を確認して意識を高め合う目的で、数日ごとにビデオ通話で連絡を取ることにしていた。SNSを利用した連絡も、毎日のように行っていた。ここのところ、そのどちらにおいても、エリナの積極性が感じられなくなっていたのだ。
コロナ禍での活動制限の中、芸能活動を続けることに疑問を感じて引退を決意する。アイドルだけでなくシンガーソングライター、グラビアアイドルに舞台女優と幅広い交友関係のあるサヤカは、そういった例にいくつか触れてきた。けれど、いざ、それが自分が所属しているグループで起こってしまうことは想像ができなかった。
「三年前にアイドル活動がしたくて上京してきて、そのときから、母親は反対していたし。やっぱり、いつまでも続けられる仕事ではないから。今、コロナが流行って、言ってしまえば、自分が何をやっているのか分からなくなってきちゃって――」
活動ができなくなって、収益が減ったこと。ちょうど大学生活最後の年になること。親が医療関係で仕事をしていること。いろいろなことが重なって決断に至ったという。
自宅で小声で歌ったり、たどたどしい手つきでギターを弾いてみたりした企画を動画サイトにアップロードするなどのオンラインでできる活動はそれで楽しかった。リアルタイムでコメントを貰いながらトークをしたり、歌ったりもしたけれど、そのどれもが実際に観客を入れてライブをしたときの高揚感とは程遠いものだった。
彼女が述べた自粛期間中に募らせてきた焦燥感には、反論する言葉もない。
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