ハレンチ

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 当日は土曜日の昼間、アブラゼミたちが断続的に唱和する夏の暑い盛りであった。  吉村はクーラーを利かして今か今かと待っていた。すると、デコルテが露になったVネックでノースリーブのタイトなカットソーにこれまたタイトなミニスカート姿の葵が見るからに挑発的にやって来た。その上、彼女は吉村の部屋に入る前から冷笑的だった。早い話が貧相なアパートの狭苦しい部屋を馬鹿にしたのだ。独り暮らしの1DK。したがって寝室なぞはなくベッドもない。  吉村は葵の胸の内を察し、恥じ入ったが、彼女を目の前にして当然ながら尋常でなく興奮して性欲が落ち滾る滝の泡のように沸き立って体中がむらむらして来た。 「一時間だけだからね」と葵はいきなりぶっきら棒に言った。 「えっ、三時間じゃ」と吉村が言いかけると、葵はがなった。 「三時間もいられる訳ないでしょ!」  葵を口説こうと思っていた吉村は、焦燥感に駆られた。で、彼は早いとこセックスを終わらせた。と言うより所謂、芋娘としか経験がなかった彼は、その気持ち良さに於いて同日の論ではなかったから感じすぎて呆気なくいってしまったのだ。だから、「早漏ね。あなたって」と葵に更に馬鹿にされた。  しかし、まだ若くて口説ける望みを持ち、射幸心や煩悩を持っているとは言え、珍しく道義に篤いところがある吉村は、海獺の皮で他の町の人々のように右に倣え式に生きるのではなく自分の中に確固たる倫理観を持って生きているので本気で改心させようと口説きに掛かった。実は葵とやることは副次的な目的で葵を口説くことが第一の目的であったのだ。で、まずこう訊いた。「あの、君は今の自分が恥ずかしくないのか?」 「えっ、何で?」 「だって金がもらえれば誰にでも体を許して売ってさ、而も恥部と醜態を全国に晒してさ」 「何が恥部よ!何が醜態よ!あたし、こんなに綺麗じゃない!」 「いや、そういうことじゃなくて」 「何よ!あたしが綺麗じゃないって言うの!」 「い、いや、そうでもなくて」 「じゃあ何が恥ずかしいのよ!綺麗なあたしを見せて恥ずかしい訳ないじゃない!」 「い、いや、そりゃあ見た目は確かに綺麗だけど、しかし、その見た目も不浄な不潔な淫猥なことをすることによって台無しになるのであって」 「何が台無しなのよ!セックスして気持ち良くなれてセクシーになるだけじゃないの!」 「いや、快楽や金に溺れると中身が堕落して」 「中身って何よ!」 「いや、中身って何よって言われても目には見えないものだから」 「じゃあ、そんなのどうでもいいじゃない!」 「いや、どうでもよくないよ」 「さっきから何言ってんのよ!めんどくさい人ね。もう、やだー!あたし、もう帰りたい!早く20諭吉よこして!」 「あ、ああ、分かった」この僅かな遣り取りの間に吉村は急激に諦観してしまったからすんなり言われた通りにするのだった。 「あたし、こんなに怒ったの初めて!って言うか、あたしを怒らす人なんていないのにもうサイテー!」  実際、男の誰にでも甘やかされ優しくされる葵は、そう叫ぶなり吉村の部屋を後にした。  残された吉村は、20万の出費も痛かったが、縁なき衆生は度し難しと痛い程、感じるのだった。
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