あたし

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あたし

 帰りに突然の雨が降ってきた。  今日に限っていつも持っている折り畳み傘を忘れたなんて、本当についてない。  夕立だから止むかもしれないと、駅のカフェで待ってはみたものの、分厚い灰色がどこまでも空を覆っている。  この雨はもう止まないな。  あたしは諦めてそのまま帰ることにした。  鍵をあけて中に入ったあたしは、ただいまを言うより早く雨に文句をぶつけた。  一刻も早くお風呂に入りたい。  そう思ってすぐに、キッチンにあるお風呂の自動湯張りを押した。  濡れた服を脱いで部屋着に着替える。濡れた短い髪は握るように丁寧に拭いた。昨夜きれいに畳んで置いておいた洗濯物がちょうど役にたった。  待っている間にホットコーヒーを入れる。  冷えた体に暖かさが廻っていく。  あー……落ち着く。  コーヒーで少し気分も上がり、そろそろお湯も溜まる時間だなと、あたしは濡れた服達をもっていそいそとお風呂へ向かった。  洗面所の、引戸を開ける。  おかしい。  お風呂場のドアは必ず閉めることにしているのに、なぜか開いている。  閉め忘れ?  あり得ない。湿気が広まってしまうのが嫌で、毎回きちんと閉めている。閉め忘れたことなんて一度もない。  心臓が激しく脈打ちはじめた。  電気はつけずにそっと中を見回す。  強烈な違和感。  そしてあたしは見た。    震える足を叱咤しつつ、家から音をたてないよう静かに逃げ出す。  そして震えが全身に廻りはじめる前に、警察へ電話を掛けた。 「すいません!! あの! いつも閉めてるお風呂場のドアが開いていて、おかしいなと思ったら浴槽の蓋が少し浮いてて! あの、中によくわからないんですけど何か気配してて! 絶対家に何かがいるんです!」  支離滅裂なあたしの言葉を、警察の人は落ち着いて理解してくれた。  そしてあたしは近くのコンビニで警察が来るのを待っている。  ああ、本当についてない。
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