ゆらゆら

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うちには彼女がいる。 「ただいま」 そう言うと、おかえりと微笑んでくれる彼女がいる。 手を洗い、帰り道スーパーで買った食材を冷蔵庫にしまい、風呂を沸かし、料理に取り掛かる。 玉葱を切る僕の周りをゆらゆらと楽しそうに動き回る彼女。 『ん〜、今日は……牛丼ですね!』 「ふふ、正解」 玉葱を切って涙目になっている僕を見て、無意識なのか一緒になって眉を顰める彼女。 可愛くて笑みが漏れてしまう。 そしてついでに涙も零れそうになる。 彼女に教えてもらった料理もすっかり上手くなったと思う。 「いただきます」 静かに手を合わせて、一口口に放ってからテレビを付ける。 あぁ、昔このくだらない番組で彼女と大笑いしたこともあったな…… あまり面白いと思うものがなくて、テレビを消してもう一口牛丼を食べる。 「ご馳走様でした」 彼女に怒られるから食べ終わった食器は水に浸してから風呂に入る。 この時期は上がった時少し肌寒いんだよな…… でも暖房付けるのももったいないし。 結局そのまま湯船に浸かって、のんきに歌でも歌ってみる。 『ヘタクソ』 「うるせ」 扉の向こうから声が聞こえて笑いながら言い返す。 入ってくればいいのに、それはしないらしい。 風呂から上がるとやっぱり鳥肌が立った。 濡れた髪を乾かす。 ふと彼女の髪に伸ばした僕の手は宙を切る。 彼女の髪は細くて綺麗。 僕の髪はくせ毛でごわごわ。 それでもいい、なんて優しすぎだと思うよ。 そう、彼女は優しい。 とても優しい。 僕にはもったいないくらい、優しかった。 うちには彼女がいる。 2年前に亡くなった彼女。 触れられない、彼女。
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