【第2話:魔物】

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【第2話:魔物】

 幸いなことに、聞こえて来た獣の咆哮は、そこまで近くではありません。  それでも、まだかなり距離は離れているとは言え、草原の向こうから獣の咆哮が聞こえてきたことにびっくりして、 「わきゃっ!?」  と、変な声を出してしまいました。  しかし、今のはいったい何の咆哮だったのかしら?  何か肌がピリピリするような感じがして、嫌な予感がします。  うん。とりあえず皆を呼び戻しましょう。  私は祖父から受け継いだ牧羊杖を振り上げ、 「みんな~! しゅ~う~ご~う~!!」  と、羊たちに向けて大きな声で呼びかけました。  すると、大きく広がって草を食べていた羊たちが、私のいる丘の方へと徐々に集まりはじめました。  私の『牧羊』スキルには、いくつかの能力があるのだけど、羊たちを指定した場所に移動させることが出来るのも、その能力のうちの一つです。 「あ、黒山羊と白山羊(オハギとカシワ)が……」  二匹の山羊、オハギとカシワが突然周りの羊たちが動き出したので、驚いている。  私の能力って山羊に効果ないのよね……。  でも、何となくキョロキョロしながらも、羊の後をついていく姿がカワイイ……。  ちなみにこの世界の羊と山羊は、元の世界のものと見た目はそっくりなんだけど、生態はかなり違います。  中でも一番大きな違いは、羊が実は魔物に分類されるという事かしら。  だから普通の野犬ぐらいなら余裕で追っ払う程度には強い。  あ、山羊はこっちでも普通に動物です。よわよわです。  魔物と動物の違いは、魔物が身体の中に魔石と呼ばれる魔力を発する石を持っている事で、その身に魔力を帯びる事により、普通の動物と比べると力が強く、身体も頑丈で病気にもなりにくいらしいです。  だから、そんな魔物でもある羊が九八匹もいるのだから、遠くから獣の咆哮が響いてきても、そんなに心配はしていませんでした。  さっきまでは……。 「えっ!? なによあれ!?」  さっき獣の咆哮が聞こえて来た方を注視していたのですが、巨大な野犬のような影が現れたのです。 「あそこの木、あの木の向こう側にいるのに……なんて大きさなの」  まだずいぶん遠くにいるはずなのに、ここからでも普通にその姿が確認できるってことは……。  なんですか!? あの大きさは!? うちの家より大きんじゃないの!? 「ちょっと待ってよ……こっちこないよね? こないよね? ほんとにこないよね!?」  フリじゃないわよ!?  あんなの来たら、羊の群れなんてひとたまりも無いわ!  羊が魔物だって言っても、魔物の中では最弱の部類に入るんだから! 「でも、どこに逃げれば……」  今いる丘に私の家はあるのだけれど、あんな巨大な魔物に攻撃されたら、おそらく数秒と持たずに瓦礫へと早変わりするでしょう。  そもそも私のカワイイ羊たちは九八匹もいるので、家の中には入る事はできません。  なので、簡単な柵と屋根に覆われただけの、ぼろい厩舎に入れるしかない。  外から丸見えの厩舎に入れた所で防御力なんてゼロだし、かといってここから街に逃げ込むには距離がありすぎます。  そもそも、あわせて一〇〇匹にもなる羊と山羊を受け入れてくれるとは思えません。 「と、とりあえず、みんな! 厩舎に入って!」  うぅ、厩舎に入れるしか思いつかない……。  あんな大きな魔物を見たのなんて初めてだし、どうすれば良いのかなんてわからないわよ! 「と、とにかくみんな! 息を潜めて静かにしててね!」  私も厩舎の中に入り、みんなにそう言い聞かせます。 「「「めぇ~!」」」 「うわっ、みんな返事しなくて良いから!?」 「「「めぇ~!」」」  うん。わかってたわよ。  私の『牧羊』スキルじゃ、羊と会話出来ないからね……。 「「「めぇ~!」」」  でも、何となくだけど言いたい事はわかる気がする。  食事中だったのに途中で切り上げちゃったから、怒ってるぽい。  だけど、見つかったら君たちが食事にされちゃうんだからね?  今は我慢しなさい! 「ちょっと本当に静かにして~! 私泣いちゃうよ!? ……って、あれ? カシワ? オハギはどこ? 一緒じゃないの?」  山羊の二匹は厩舎の一番手前の柵の中が定位置なんだけど、一匹しか見当たりません。 「ぶぇぇぇ~」 「あ、ごめんごめん。いないのはカシワの方ね」  羊なら『牧羊』スキルの能力で居場所が全て把握できるし、思った場所に移動させる事も出来るのだけれど、山羊のオハギとカシワには効かないのよね。  色が全然違うのに混乱していたのと、スキルに頼った感覚のせいで間違えてしまいました。  それにしても、スキルの恩恵を受けられないのに、半年前の私、なんで山羊なんて飼い始めたのかしら?  あと、あの頃は今みたいに前世の記憶も無かったのに、よく二匹に和菓子の名前なんてつけたよね……。  ちなみに半年前の私は、カシワモチって名前をつけたのだけど、一度もカシワモチとは呼んだ事がなく、カシワと呼んでいたので、きっと白山羊(本人)も自分の事をカシワと認識しているはずなので、もうカシワという事にしました。 「それでオハギ。カシワはどこ?」 「ぶぇぇぇ~!」  オハギにカシワのことを聞くと、なにか厩舎の外、遠くの方を見ていて、背中に冷たいものがツツツと流れます。 「嘘だよね……?」  私は嫌な予感がして、慌てて厩舎の外に駆け出しました。 「あ~ん!? やっぱり呑気に草食べてるし!!」  オハギは自分の事を羊だと思ってるんじゃないかってぐらい、羊たちのあとをいつもついて回ってるのだけど、カシワは自由奔放なのよね……。  今も周りに(誰も)いなくなっているのに、カシワは呑気に草をもぐもぐと食べていました。 「はっ!? ま、魔物は!?」  狼のような巨大な魔物は、まだまだ遠くにいるようだけど、さっきより少し近づいている気がします。 「カシワ~! 戻ってきて~!」  何度か呼んでみたけど、食事に夢中で全然こっちに来る様子がありません……。 「この食いしん坊め……明日、ご飯抜きにしてあげようかしら」  私はそう愚痴りながらも、急いで丘を駆け下りたのでした。
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