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【第40話:親友】
レミオロッコがいるのに、転移してきたフィナンシェにカシワとオハギがすり寄るのを放っておく?
今日は天気も良いから、今ごろちょうど放牧中で牧草を食べてるか寝てるかしている頃よね? そもそも、レミオロッコが秘密基地の扉を開けっ放しにする?
私は出掛ける前……いいえ、昨日の晩、今日の事について何て言った?
『出来ればカシワとオハギは一緒に避難させて欲しい』
たしか、そんな事を話したはず……。
「きゅ、キュッテ? どうしたんですか? 大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ?」
「あ、あの!? ちょっと能力を使いますので待ってください!!」
私はそう答えると、ピンクに進化した羊を中心に、急いで何匹かの羊の居場所を確認していったのですが……。
「い、移動してる……これ、牧場から離れていってる……ど、どうしよう……」
何が起こっても対応できるように、あらかじめ色々と想定して考えていたはずなのに、頭が真っ白になってしまいました。
あれ? あれ? どうするつもりでしたっけ?
羊泥棒が来たときは、どうするんだっけ?
『その際、家の者も行方不明になっているのです』
え……レミオロッコは無事なの?
わたし……どうしたらいい……?
「……ッテ! キュッテ! しっかりしてください! いったいどうしたというのですか!?」
気付けば私は、アレン様に肩を掴まれ、何度も名前を呼ばれていました。
「あ、アレン様……」
アレン様は息が届きそうな距離から私の目を覗き込むと、
「何か不味い事があったのですね? レミオロッコは親友なのでしょ? しっかりしてください。僕も力になりますが、今、レミオロッコが本当に必要としている助けは……キュッテ、あなたなのではないですか?」
と言って、そっと私の頭を撫でてくれました。
頭を撫でて貰ったのなんていつぶりでしょうか……。
祖父は私の事を愛してくれていたと思いますが、厳しい人だったので、撫でられた記憶はありません。
きっと頭を撫でられたのなんて、前世での幼少期まで遡らないとないでしょう。
いつも細い目を更に細めて優しく微笑むイケメンメガネのアレン様が眩しい……眩しすぎます……。目が線だけど。
「キュッテさん、どうぞ」
「え……?」
そして、今度は元イケオジでイケボのイーゴスさんが、優しくハンカチを頬にあててくれました。
私はいつの間にか、涙を流してしまっていたようです。
「どうぞお使いください。そして、どうか心を落ち着かせて、今、わたくしたちに出来る事、すべきことを致しましょう」
そ、そうだわ! こんな緊急事態に私は何ビビっちゃってるのよ!?
もう自分の気持ちに嘘はつかないわ! レミオロッコは私の大事な親友よ!
前世ではネット越しにしかそんな相手いなかった。
だから、私が前世も通して生まれて初めて出来たリアルな親友です!
その親友の身が危ないかも知れないというのに、こんな所で泣いている場合なんかじゃないわ!
「アレン様! イーゴスさん! 牧場に泥棒が入ったみたいなんです! わ、わたし行かなきゃ!!」
「やはりそうでしたか。キュッテ……僕の方で、すぐに街の衛兵を向かわせるようにするつもりですが、それまで待てませんか?」
アレン様が私の事を心配してそう言って下さっているのは勿論わかるのですが……。
「……待てません。私は先にフィナンシェと転移して、羊泥棒たちの後を追います!」
カシワとオハギの二人が秘密基地に匿われていて、それをフィナンシェが連れてきたのに、一緒にレミオロッコを連れてこなかったことから、その場にいなかった可能性が高いと思います。
そうなると……運が良ければ別の所に上手く隠れているかもしれませんが、最悪は連れ去られていたり、怪我を負っているはずです。
その場合、私が一緒に行って怪我を治療したり、連れ去られた羊たちの場所までフィナンシェを誘導する必要があります!
「わかりました……フィナンシェがいるからと気を抜かず、本当に気を付けて向かってくださいね。そして……必ず二人揃って、もう一度元気な顔を見せてください!」
「はい! それではもう向かいますので、後の事を宜しくお願いします!」
どうせ自分で最初に試すなら、転移の人体実験を先にしておけば良かったわ。
そしたら、この街の衛兵を何人か一緒に連れて行くこともできたのに……。
さすがにまだ一度も試したことがない状態で、人の命を危険にさらせません。
しかも何人まで同時におこなって問題ないのかもわからないですし、やはり私一人で向かうのが良いでしょう。
だから、今は私が頑張らなきゃ!
頼りになるフィナンシェもいますしね! 牧羊犬ですが何か!!
私はコーギーモードがつぶれない程度にぎゅっとしがみつくと、
「送還!!」
と叫んで、牧場にある秘密基地の一室へと転移を試みたのでした。
◆
視界が暗転し、一瞬の浮遊感ののち、ゆっくりと重力が戻ってきて……。
「きゃっ!?」
あいたたたた……思いっきりお尻打っちゃった……。
でも、無事に転移できたみたいね!
「そうよ! 痛がっている場合じゃないわ!! レミオロッコ~!! いないのっ!?」
慌てて立ち上がり、名前を呼びかけながら周りを見渡してみますが、そこに動くものは何も無く、無機質ないつもの作業部屋の光景が広がっているだけでした。
「レミオロッコ!! 出てこないとシメるんだからぁ~!!」
こんな事を言っても出てくるわけがないのですが、思わず叫んでしまっていました。
「「がぅ!」」
私が若干弱気になっていると、フィナンシェが励ますように足元から私を見上げていました。
「わかってるよ……フィナンシェ……。羊泥棒を追いかけて、ぎったんぎったんのべっこんねっこんにするわよ!!」
「「がぅ!!」」
私は作業中の怪我に備えて常備している回復ポーションと、側に立てかけてあった牧羊杖バロメッツを手に取ると、フィナンシェと共に作業部屋を出ました。
そして、そのまま階段を駆け上がって外へと出ると、
「フィナンシェ! ケルベロスモードよ!」
大きくなったフィナンシェの背に飛び乗……よじ登り、盗まれた羊たちの元へと向けて駆けだしたのでした。
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