【第5話:ふぃなんしぇ】

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【第5話:ふぃなんしぇ】

「私に従いなさい! お座り~!!」  大きな二つの口が、カシワとオハギの目前で止まっていました。 「せ、成功したの……?」  ケルベロスは私の呟きに応えるように、ゆっくりとそのままお座りの姿勢になり、先ほどまでの態度が嘘のように大人しくしなりました。 「本当に成功したんだ……」 「「ぶ、ぶぇぇぇ……」」  腰が抜けたのか、白山羊と黒山羊(カシワとオハギ)は情けない声をあげると、そのまま座り込んでしまいました。 「カシワ~! オハギ~!」  私は足の痛みも忘れて駆け寄ると、その首にもう一度抱きつきます。  羊たちと違ってもふもふとは言い難いけど、ぬくもりを感じて、また涙が溢れてきてしまいました。 「本当に、本当に助かったのね……」  振り返ると、ケルベロスは変わらず大人しくお座りしています。  迫力は今でも凄いものの、先ほどまで発していた殺気のようなものは感じなくなっていました。 「あ、『牧羊』スキル、物凄いランクアップしてる……」  この牧羊犬を従える能力。  私はこの能力の使い方が自然とわかるわけですが、ケルベロスを従える事が出来る確率は、とんでもなく低い確率だったようです。 「私、一生分の運、これで使い果たしたんじゃないかしら……」  どうやら、ケルベロスが犬の魔物だったから対象として機能したようで、これがもし狼の魔物だったら確率以前の問題だったでしょう。  ただ、これは確証は持てないけど、成功したのはこの牧羊杖バロメッツの能力もかなり関係しているように思います。  感覚的なものだから断言はできないけど、さっき牧草を成長させたときも、私の『牧羊』スキルと共鳴しているような感じがしたのよね。  そんな風に色々考察していたのだけど……。 「あ、あれ……」  安心したせいか、腰が抜けて私も地べたにへたり込んでしまいました。 「「ぶぇぇぇ?」」  自分の事を棚にあげて私の心配をしてくるカシワとオハギが、なんだか凄く愛おしい。 「あ……お腹空いたからって私の服噛んじゃダメ~!! 髪も食べるなぁ~!?」  前言撤回。  ◆  今、厩舎に戻ってきたわけだけど、困った事になりました。 「うちの牧羊犬が厩舎より大きい件について……」  あれからケルベロスは私の言う事をよく聞いてくれており、今も巨大な尻尾をぶんぶんと振りながら私の後をついて来ています。 「住むとこどうしようか。それにこんな大きな子、食費いくつかかるのよ……」  まぁ、野生(?)で生きてきたケルベロスだから、別に屋根とかは必要ないのかもしれないけれど、食事については、これからは私の方で用意しないといけない。  祖父が残してくれた羊が九八匹もいるので、食べていくのには一応困ってはいませんでしたが、こんなケルベロス(大きな子)を養えるほどの余裕はありません。  何か良い方法はないかと、先ほどランクアップしたことで大量に手に入れた能力を確認していくと、良さそうなものを発見しました。  ただ、一度に物凄いランクアップを果たしたせいか、新たに得た能力の全容が把握できなくなっていたので、牧羊犬に関するものと意識して絞り込むことで、なんとか探し出せた感じです。  その能力は次の二つ。  一つ、牧羊犬に名を与える事により、召喚と送還ができる能力。  一つ、牧羊犬の容姿を自由に変更できる能力。  もし一つ目の能力で送還した場合に、異次元的な空間に待機させておけるのでしたら、餌代がほとんどかからないかもしれません。  でも、さっきまであれだけ怖い思いをした相手とはいえ、ちょっと可哀そうな気もしていたり。よく見ると、目がちょっとつぶらでカワイイわ。  だから、本当に期待しているのは二つ目の能力。  でも、まずは一つ目からテストしてみましょう♪ 「ケルベロス、今日からあなたの名前は『フィナンシェ』よ!」 「「がう!」」  ふふふ。和菓子の名前をつけると思った?  甘いわね。私はお菓子なら和洋どっちも大好きなのよ。  と、思考がちょっとそれたわね。  さっそくテストしてみましょう。  私はケルベロスに「待て」をしてこの場に待機させると、厩舎の前から少し離れてみます。  ちなみに家に置いてあった回復ポーション(常備薬)で、足や全身に負った軽度の火傷はもう治療済みよ。さすが異世界ね。 「まずは……召喚!」  別に口に出して言う必要はなさそうだけど、何となくそれっぽく言ってみる。  こう言うのって雰囲気が大事だと思うのよ。  すると、私の思った場所の地面が眩く光り、さっきまで厩舎の前にいたフィナンシェが突然目の前に現れました。 「わわっ!? 本当に出来たわ! 凄いわね!」  これって、どこかに出かけたりする時にも、最強の護衛になるんじゃないかしら?  それにしても、今更ながら私のスキル、よくケルベロス(これ)を牧羊()として認識できたわね……。 「さぁ、次は送還のテストよ」 「「がう!」」  得たスキルの使い方や詳細は、その能力を発動することで、どのような効果を発揮するのかなど自然とわかるのだけど、それも万能じゃないらしく、送還することでどこに送られるのかがわかりません。 「まぁ召喚すれば呼び戻せるから、そうそう困った事にはならないわよね」  もしどこに送られたかわからなかったとしても、すぐに召喚すれば問題ないでしょう。  ……と、考えていた時期が私にもありました。 「じゃぁフィナンシェ、行くわよ! 送還!」  送還を発動した瞬間、少し離れた所から、何かが破壊されるようなバキバキという大きな音が響いてきました。  嫌な予感がしつつも恐る恐るそちらに目を向けると……目が合いました。私の家の屋根から二つの顔を覗かせているフィナンシェと。 「ぎゃぁ~!? しょ、召喚~!!」  召喚により、フィナンシェが私の元へと現れます。木片を体中に纏わせて……。  なんだか申し訳なさそうに尻尾を垂れているフィナンシェをその場に残し、私は家に向かって走ったのでした。
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