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【第52話:かくほ~】
「はぁ~♪ 極楽♪ 極楽♪ 生き返るわ~♪」
やっぱりお風呂は苦労して入るんじゃなくて、気楽に入るものよね~♪
ん? 誰ですか? お婆ちゃんみたいとか言っているのは?
これは老若男女問わず、お風呂に入って気持ちの良い時の決め台詞よ!
そんな感じでお風呂を楽しんでいたのですが……。
「キュッテ! あなた、どこにもいないと思ったら、なに朝からお風呂入ってるのよ!?」
「だってそれは……そこに沸きたてのお風呂があるから!」
「なんかそれっぽいこと言ってるけど、沸かしたのキュッテでしょ!?」
おかしいわね。このセリフは決まったと思ったのに……。
「今日は先に牧場いっておくけど、早く出てくるのよ!!」
あ、ちょっと本気で怒ってるわ……。
「わ、わかったわ。すぐ出るからちょっとだけ待って!」
やっぱり、気軽にお風呂に入れるようになったら、朝風呂とかやってみたいじゃないですか~?
まぁでも、レミオロッコがかなり本気で怒っていたので、たまににしておきましょう。
レミオロッコの提案で孤児院の子たちを雇うと決めてから日は流れ、今日は募集で集まった子たちと実際に会う予定になっています。
急いでお風呂を上がった私は、すぐに牧場の仕事をレミオロッコと一緒に行い、街へと出かける準備を終わらせました。
「じゃぁ、行くわよ? ……ん? どうしたの? レミオロッコ?」
「な、なんでもない。出発して大丈夫よ」
ふ~ん……今から緊張してるってことみたいね……。
でも、工房はレミオロッコが中心になってやって貰うつもりだから、頑張って貰わないと。
私は若干呆れながらも、頑張れとそっと呟き、そのまま街へと向けてケルベロスモードを走らせたのでした。
◆
特に問題もなく街へと辿り着いた私たちは、いつものようにアレン商会へ……ではなく、レミオロッコ工房予定地へと向かいます。
予定地といっても、新たに建物を建てるのではなく、元々製糸場として使われていた建物をそのまま内装だけ変えて使う予定です。
イーゴスさんの話では、今日までに不要なものは処分し終え、作業用の机や椅子を用意しておくという話でした。
「見て! レミオロッコ! あれじゃないかしら? ……って、え? ちょっと大きすぎない?」
「あ、あれみたいだけど……思ってたよりかなり大きいね……」
私は一瞬場所を間違ったかと思い、前回イーゴスさんに貰った地図を取り出し、もう一度確認してみましたが、やはりここで間違いないようです。
私たちの目の前にあるのは、二階建ての大きなお屋敷のような建物。
雰囲気のある洋館といった趣で、思っていたよりずっと素敵な外観をしていました。
軽く外から見た感じだと、一階部分がかなり天井が高く、作業場所のようになっており、二階部分はいくつかの部屋がありそうです。
一階部分だけでも、数十人は働けそうな広さがあるんじゃないかしら?
「むむ、無理……こんな広い工房なんて……ん!? ぎゃぁぁぁ!! キュッテ! なによあれ!?」
「あら? ここまで立派な看板にしてくれるとは予想外ね」
レミオロッコが見て慌てていたのは、屋敷の正面扉に設置された大きな看板。
私の希望通り、まるっこいカワイイ羊の形をしたその看板には、まる文字で『レミオロッコ工房』と書かれていました。
「あぁぁ!! キュッテ知っていたわね!? と言うか、あなたの入れ知恵ね!?」
入れ知恵とか失礼ね……。
「当たり前じゃない。イーゴスさんがこんなデザインの看板を用意していたらびっくりよ」
元イケオジがまる文字でカワイイ羊の形をした看板を用意していたら……うん。それはそれでアリな気もするけど、まぁそこは触れないでおきましょう。
「あっ!? フィナンシェ! かくほ~!!」
「うわぁぁん!? はなして~!!」
あぶない……まさか逃走をはかるとは……。
フィナンシェはコーギーモードでも尋常じゃない力を持っているので、いくらレミオロッコが力持ちだと言っても、比較になりません。
うちの牧羊犬は優秀なんですから。
私たちが建物の前で騒いでいたからでしょうか。
正面の扉が開き、中からイーゴスさんが出てきました。
「やはり、来ておられたのですね。今日はアレン様は所用で来られなくなりましたので、私の方で対応させて頂きます」
そして「どうぞこちらへ」と言って、中へと案内してくれました。
「イーゴスさん、ありがとうございます! ……さ! 観念していくわよ!」
「ぅぅ……こんなところ、むり~……」
未だにぐずってはいますが、何だかんだ言いつつも、素直についてくるのがレミオロッコらしいです。
外から見た感じだと、建てられてからかなり経っている建物のように見えましたが、中に入ってみると既に清掃も済み、とても綺麗です。
「こちらが作業をして貰う場所になりますが、二階に既に希望者を待たせておりますので、ご案内は後でいたしましょう」
「はい。もう来てくれているのですね」
正面扉から建物の中へと入り、イーゴスさんの後を追って通路を進んでいきます。
やはり一階部分は大きな広間が大部分を占めており、二階には会議室などに使える部屋がいくつかあるようですね。
途中、アレン商会で見かけたことのある方が、二人ほど何かの作業をしてくれていたので軽く挨拶しておきます。
「あれ……?」
そのまま通り過ぎようとしたのだけれど、そこにいたのは、アレン様と初めて会った時に馬車で御者を務めていたおじさんでした。
「おや。まだこんなところで作業していたのですか。二階で待っているものかと」
「イーゴス様。はははは。ちょっと暇だったものでつい」
「御者の……」
「お。覚えてましたか。いやぁ~、キュッテさんと初めて会った時は度肝を抜かれましたが、あれからも驚かされてばかりですよ」
そう言えば、フィナンシェのケルベロスを見たことがある数少ない人ですもんね。
えっと……誰さんでしたっけ?
あ、そう言えば、この人の名前って聞いてないわね……。
そんな内心が表情に出たのかもしれません。
御者のおじさんの方から、話しかけてくれました。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はこの度、レミオロッコ工房とアレン商会との橋渡し役をさせて頂く事になりました『ゴメス』と申します」
そして「以後お見知りおきを」と、深々と頭を下げたのでした。
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