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【第53話:はじめました】
以前、アレン様の御者をしていたおじさんはゴメスと名乗ると、ニカっと人の良さそうな笑みを浮かべてくれました。
「ゴメスさんですね。あの時は、ちゃんと自己紹介もせずにすみませんでした」
「いえいえ。気にしないでください。あの時は私もびっくりして、話しかける事も出来ませんでしたからねぇ。いや、それにしてもしっかりしたお嬢さんだ」
はい。元、仕事のできるOLでしたからね。
「あ、ちなみに、こっちで緊張でガチガチになっているのはレミオロッコです。ほら、あなたからもちゃんと自己紹介しなさい」
「ははは、はじめました! ……ぅぅ」
なに? なにか季節ものの料理でも始めるの?
まぁでも、いきなり「あぁん!」とか「シメるぞ!」とか言わなくなっただけでも、進歩してるわね。退化したと言った方がぴったりこないこともないけど。
「はぁ……すみません。この子、本当に人見知りで、今日はいつも以上に緊張してるみたいで……」
「はははは。おじさんみたいなのに、緊張する必要はないよ。これから気軽に話しかけてくれればいいから」
「ぁ、ぁ、ありがとうございます!!」
しかし、レミオロコ工房とアレン商会との橋渡し役と言うのは、いったいどういう事なのでしょうか?
前回の話し合いでは、最初は大変だろうからお手伝いに人を派遣するという話だけだったのですが。
「キュッテさん。後で今後の事について、それからゴメスの役割についてなどは話す事になると思いますので、まずは集まっている者たちのところへ参りましょう」
「あ、そうですね。あまり待たせるのも悪いですし」
少し気になりますが、あとで話を聞けるようですし、今はイーゴスさんの言葉に従い、私たちはそのまま二階へと上がりました。
「皆さま、お待たせしました」
二階のとある一室の扉を開けて先に入ったイーゴスさんが、そこに集まった皆に向けて、言葉を発しました。
「事前の面接でお話は聞いているかと思いますが、こちらがこの工房を取りまとめる事になるレミオロッコさんと、この工房のオーナーとなるキュッテさんです。お二人とも大変お若いですが、とてもしっかりしたお方です。あなた達の雇い主となりますので失礼のないように」
「「「「「はい!!」」」」」
元気よく返事をしたのは、私より少し年上に見える女の子が三人と、同じか少し年下に見える男の子が二人の合計五人の少年少女。
その中には、孤児院で人を雇うのきっかけにもなったトルテもいました。
でも部屋にいたのは、少年少女だけではありませんでした。
「「はい。よろしくねぇ」」
ハマるように挨拶を返してくれたのは、そっくりな見た目の年配の二人の女性でした。
双子のおばさん? てっきり声をかけたのは孤児院の子供たちだけかと思っていたのだけれど、どういう人なのかしら?
おっと……その前に、次はこちらの番のようです。
「えっと、ただいま紹介にあずかりました。一応、オーナーとなるキュッテと言います。私は基本的に牧場の方にいる事になると思いますが、皆さん、どうぞ宜しくお願いします」
私がさらりとそつなく挨拶をこなすと、隣にいたレミオロッコも慌てて話し出しました。
「あ、あ、あ、あの! ここ、この工房を任される事になた。レミオロコです! よろしくでひゅ!」
「えっと、レミオロコは人見知りのあがり症なので、今はこんなですけど、レミオロコはモノづくりに関しては間違いなく優秀なので、多めに見てあげてくださいね。ね? レミオロコ?」
「ちょ、ちょっと噛んだだけじゃない! 私はレミオロコじゃなくて、レミオロッコ!!」
レミオロッコがあまりにも緊張しているので、少し揶揄ってあげたら、私たちのやりとりを見ていた女の子三人が必死に笑いを我慢していました。
「「「……ぷ、ふふふ……」」」
きっと羊が転んでもおかしい年頃なのでしょう。
「ふふふ。遠慮しないで笑っても大丈夫よ。レミオロッコはこんなだけど、この子、本当にモノづくりの才能は凄いので、しっかりと指示に従って頑張ってね」
「え? あの? それって……雇ってもらえるという事ですか?」
一応、最後に私たちが確認して、雇うかどうか決めてくれれば良いとは言われていますが、アレン商会の方で事前に書類審査と面接をしてくれているので、一目でわかるような変な人でなければ、そのまま雇うつもりでした。
「はい。レミオロッコもいいわよね?」
元々レミオロッコは、その人が良いかどうかなどわからないと言うので、それなら一緒に働く事をイメージし、怖そうな感じの人や変な感じの人、自分とはあわなそうな人がいないかだけ見れば良いという事を伝えてあります。
「え? う、うん。怖そうな人も、変な感じの人もいないし……」
だから一応、その事を確認したわけですが、大丈夫そうですね。
「キュッテさん、まだ挨拶を交わしただけですが、よろしいのですか?」
「えぇ。イーゴスさんたちが問題ないと判断したのです。もし、その中に問題のある人がいたとしても、私たちが見抜けるとも思えませんしね」
「ははは。随分と信用して頂いているようで。それでは、皆、これからはキュッテさんとレミオロッコさんのことをしっかりと支えてやって欲しい」
私に続いて、イーゴスさんがそう言った事で、ようやくホッとしたのでしょう。
皆が嬉しそうに「宜しくお願いします」と、返事を返してくれました。
私はともかく、この世界の子供たちは、レミオロッコも含めてしっかりしているわよね。
「キュッテ! 雇ってくれるんだな! さんきゅな!」
うん。でも、まずはトルテの呼び捨てから直していきましょうかね。
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