隠し味は愛情を

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現在時刻は20時、普段私が足を踏み入れない場所に立ち入りながら周りは酷く汚れていた。 放置された食器、飛び散った水滴、無造作に置かれた袋たち、そして大量のチョコレート。 今日の日付は2月13日。翌日は2月14日。世間一般で言うところのバレンタインデーである。 私は明日の為にチョコレートを用意しているのだが、一向に上手く作れない。 普段全くといっていいほど料理をしない私には とても荷が重いのだが、完成させたい理由がある! しかし、だ知識も技術も無いものが0から1を作り出すのは到底不可能に近く。既に一時間近くチョコレートを作っていても完成が見えてこない。 「もー仕方がない。あんまり頼りたくないけど、背に腹はかえられないしね」 一つの決意とともに携帯を操作し電話をかける。電話はつながり、繋がった相手から声が聞こえる 『もしもし〜?どうしたのあんたが電話してくるなんて珍しいじゃない』 「お願いがあるのお姉ちゃん!私にチョコレートの作り方を教えてください」 私が頼ったのは我が姉だ。あんまり気乗りしなかった理由は……… 『きゃーーーねぇねぇねぇ?それ男の子に渡すの?誰、誰?どんな関係?』 こんな感じでしつこく色々と根掘り葉掘り聞いてくるからだ。ウザったらしいったらありゃしない。 私の恋愛に関して色々聞いて知ろうとしてくる。 「別にいいじゃん、お姉ちゃんには関係ないでしょ」 少しの反抗とばかりに少しキツめに言うが 『いいのかな〜?そんなこと言っちゃって。教えてあげないぞ〜』 こんな感じで煽ってくる。本当に腹立たしいのだが、もうなりふり構ってられないのだ 「ちゃんと、はなす、から、よろしくお願いします」 『まぁよかろう。お姉ちゃんに任せなさい』 「ありがとう」 普段はいじってくるくせちゃんと真面目に頼りになるところがちょっと悔しい。 『ところでさ、何作ろうとしてたの?』 「チョコレート」 『いやいや、そうじゃなくてね。チョコにも色々あるでしょうに?』 「??????」 私は今お姉ちゃんが何を言ってるのかちんぷんかんぷんで頭の上にはいくつもはてなマークが浮かんでいた。 『わかったわかった。じゃあトリュフチョコにしましょ。材料少ないし』 「わかった。何用意すればいい?」 『ミルクチョコと、生クリーム、ココアパウダーね』 「探してみる」 『お母さんよくお菓子作ってるから多分あるでしょ。ないなら買いに行くしかないけど』 「大丈夫!あった」 『じゃあまず測ってね』 「測る?何を?」 『あんたそっからなの!?いい、ちょっと待ちなさい。私も用意するから』 突然通話を切られた。でも一人でやってもう失敗したくないので大人しく待つ。 数十分たってから姉から連絡が来た。 『見えてる?大丈夫なら返事ちょうだい』 「大丈夫」 携帯から姉の姿が映し出され、姉の前には私に言った材料が並んでいた。 『よし!私も作りながら教えてあげるから頑張りなさい』 姉のオンラインお料理教室が始まった。 「ありがとう。よろしくお願いします」 『じゃあまず、チョコレート3枚、生クリーム80ccを測って用意するの』 姉がその手順を見せてくれる。それに習って私も行う。 「こんな感じ?」 『そうそう。次に家にあるバッドに、バッドってこれね。これにクッキングシート敷くの』 「あの薄白いやつ?」 『そうそう。先にこれやっとくと楽だから』 「はーい」 『次は、チョコレート出して』 「うん」 『これをこんな感じに細かく刻んで』 携帯からザクッザクと小気味よい音が聞こえてくる 「やってみる」 包丁の持ち方も危なっかしいようで姉は心配な目を向けながらそれでもちゃんと私を見てくれていた 「おぉ〜なんか気持ちいいね」 『あんたこれも知らないって、さっきまでどうしてたの?』 「このまま刻まないで溶かしてた」 『刻んだ方が溶けやすくなるから覚えておきなさい』 「はーい」 『刻み終わったらボウルに移して、今度は鍋に生クリームを入れて火にかけるの』 「火、怖い」 『泣き言言わない!ほら大丈夫だから』 「うん」 姉の言う通りに進めていく。それでもここまでの手順は簡単だった。 私が知らなかっただけ、調べなかっただけでやる事は簡単だし意外と楽しい。 「この後ってどうするの?」 生クリームの沸騰を待ちながら聞いてみる 『まぁチョコレート入れて溶かして、冷やしてから丸めて完成かな』 「すごい簡単じゃん!こんなんで美味しいのできるの?」 姉がよく作ってくれていた物の味を思い出しつつ疑問を投げる。 ただのチョコレートよりも凄く美味しかったのに、同じ味にこれだけでなるのか些か疑問だった。 姉はそんな疑問を抱いている事を感じたのか 『もちろんレシピには無い隠し味入れてたわよ』 「え?何?教えてよ」 『それはね愛情よ』 「はい?」 『今、薄ら寒いこと言ったって思ってるでしょ ?』 実際よく言われるそれに対し、気持ちが隠し味ってと思ってしまうし意味が分からなかった。 でも姉は続きを話す 『愛情って気持ちを込めるだけじゃないと思うのよ、甘いのが好きなのかどんな甘さがいいのか、味の好みは?渡す時の相手の状況は?相手が一番喜んでくれる味に仕上げるのが愛情だと思うのよ』 『ただ、レシピ通り作るだけじゃなくて、相手のためだけの美味しさをあげるのがお姉ちゃん的には一番大事なことだと思う』 なんだかちゃんとした理屈で腹が立つ。でもきっとお母さんのご飯が一番美味しいのも同じ理由なんだと思う。 『お姉ちゃんはあんたがあげる相手の事が分からないからレシピと作る手順だけを教えてあげられるけど、その子の好みは知らないから後は自分で頑張んなさい。分からないことがあったら教えるし、ちゃんと最後まで付き合ってあげるから』 「あり、がとう」 なんだかちゃんとお礼を言うのが恥ずかしくて少し言い淀んでしまったけれど、今日頼ってよかったと思う。 2月14日まであと少し、色々試行錯誤をして相手が一番喜んでくれるチョコレートを作っていく 途中で味見をしたチョコは凄く甘くて、何故か酸味を感じて甘酸っぱかった。 なんだか今の私の心を写しているようで美味しいのに恥ずかしかった。
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