萩山 正治(32歳)

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萩山 正治(32歳)

刑務所の中で7年の時が過ぎた。 愛する妻も子供もいた。 けれど、俺が警察に捕まった時、離婚をした。 俺が働いていた会社がある日突然倒産をした。 突然職を失い、なんとか働き先をみつけるものの決して良い給料とはいえなかった。 家族を養う事が難しくなった俺は、近所で大きな家の所に金目当てに泥棒に入った。 その時、家主に見つかった。 俺を見た家主は警察へ電話を掛けようとした為、俺はただその電話を止めようとしただけだった。 勢い余ってしまった俺は、近くにあった木製の置物で家主を殴ってしまった。 当たりどころが悪く、家主を殺害してしまった。 怖くなった俺はそのまま警察へ自主し、刑務所へ入る事となった。 その後、妻のめぐみは子供を連れて刑務所を訪れ、一枚の離婚届を差し出し、それっきり会う事はなかった。 (もう小さかった美花も・・・小学生か・・・。) 一度たりとも家族の事を忘れた事はなかった。 いや、今となっては家族と呼べるのだろうか・・・。 毎日同じ事を繰り返し、自分のした事の償いをしていた。 けれど、どんなに苦しい思いをしても、一生償う事など出来ない痛みを背負っていた。 「128番、出ろ。」 警官に呼ばれ、牢屋を出た。 ある部屋に呼ばれて入ると、 「128番!荻山 正治。本日をもって刑期を終了とする。出所だ。準備をしろ。」 突然の出所となった。一体何が起こったのだろうか。 何がなんだかわからないまま、荷物を纏め刑務所を出た。 一体ここからどうすればよいのか。 行く所も、住む所も、やる事もない。 (あいつと美花に会いたいが・・・。行けるわけなんてない。) バッグを片手に、街の中を歩いていた。 その時、家電屋がありテレビ放送が流れていたので、最近の出来事が何もわからない萩山はテレビ番組を眺めていた。 丁度放送されていたのはニュースだった。 司会の人が喋っている。 「いやー本当に大変な事になりましたねー。突然の世界が、地球が終わってしまう。そんな事が現実に怒ってしまうなんて。」 (地球が終わる?何を言っているんだ?何百万年後の話でもしているのか?) 「私も含め、皆さんに残された時間はあと2日。この貴重な時間を大切に過ごして頂けたらと思います。ニュースは以上。本来予定していたこの後の番組は、全て中止となっておりますのでご了承ください。」 「はっ??何を言ってるんだよ。ねぇ!君!」 俺は近くにいた少し年下位の男性を呼び止めた。 「今ニュースでやってたんだけど、地球が終わるって一体!?」 「え?あーあんた知らなかったの?あと2日で地球が終わるんだ。NASAからの突然の発表だったよ。もうどうしようも出来ないんだ。あんたも早く帰って、最後の時間を大事な人と楽しんだほうがいいよ。」 そう言って男性は去っていった。 (地球が・・・終わる?そんなバカな。・・・!!だから釈放されたのか!なるほど。そういう事だったのか。けど、今更外に出た所で俺はどうすれば。) 途方に暮れた俺は、何も考えずただただ歩き続けた。 歩き続けてたどり着いた先は、以前妻と子供と暮らしていたアパートだった。 外から見るとシャッターが閉まっていて中は見えなかった。 「萩山さん?」 突然後ろから声をかけられた。 振り返るとそこには、住んでいた頃にお世話になった隣の部屋の方だった。 「やっぱり萩山さんだ!」 「どうも。」 「こんなに痩せちゃって。体は大丈夫なの?」 「えぇ。あの・・・桐部さん。俺・・・人殺しを・・・。」 そう言いかけると、桐部さんはそっと俺に近づき、あの頃より少し歳を重ねた顔で微笑み、 「たくさん苦労したんでしょ?お帰りなさい。」 心の中で何かが弾けた。 その瞬間、次から次へと溢れ出る涙を、俺は止める事が出来なかった。 その場でうずくまる俺に、桐部さんはよしよしと優しく頭を撫で続けてくれた。 しばらく泣き続けた後、俺は桐部さんに話しかけた。 「さっきニュースを見ました。まさかこんな事になっていたなんて。」 「そうね。本当に突然の事で誰もが驚いているわ。その反面、もうどうしようもないからこそ最後の時間を大切な人と一緒にいるのよ。」 「そうだったんですね。」 「はい。」 そう言って桐部さんは俺に四つ折りにした小さな一枚の紙を渡してくれた。 「これは。」 「奥さんと美花ちゃんがここのアパート出る時に、私に渡していったの。いつかもしここにあなたが来たら渡してくれって。」 そこには、住所が書かれていた。 それは妻だった恵と美花が今住んでいる場所の住所だとすぐにわかった。 「ありがとう・・・ございます。父親らしい事何一つ出来ず今更会った所でどんな顔をしたら良いのかわかりませんが・・・。」 「きっと大丈夫よ。」 「その前に行く所があります。」 「お相手の所ね。」 「はい。刑務所の中から何度も手紙は送っていたんですけど、一度も返事はありませんでした。当然だと思います。けれど、刑務所を出たら一度直接会って謝罪をしようってずっと決めていたんです。それほただの自己満足になるかもしれません。許してもらえるなんて思ってません。でも、どうしても・・・。」 「頑張って。またいらっしゃいね。」 もう何時間もない僕らの時間の中、(またいらっしゃい)の言葉は、今までと何も変わらない日々を一瞬だけでも蘇らせてくれた。 「ありがとうございました。では、行ってきます。」 俺はゆっくりと歩き出した。桐部さんはきっと俺の姿が見えなくなるまできっと見ていてくれただろう。俺は振り返る事なく、殺してしまった相手の家族の元へと向かった。 家に着くと、あの頃の光景が脳裏をよぎった。 恐る恐るインターホンを鳴らした。 「はい?」 インターホンの向こうから返事があった。 「どちら様でしょうか?」 「あの・・・僕・・・萩原です。あの時の・・・。」 「ガチャ・・・。」 インターホンを切られた。きっと出てきてくれない。そう思った。 しばらくその場で立ち尽くしていた。 (カチャン。) 玄関の扉が開き、家主だった人の奥さんが出てきた。 奥さんは軽く会釈をしてくれた。 俺は深々とその場で頭を下げた。 そして奥さんはどうぞと言って俺を家の中へ入れてくれた。 玄関を上がったすぐの右側の部屋には和室があり、そこには自分が殺してしまった人の仏壇が置いてあった。 「こちらへ。」 奥さんはリビングへと通してくれ、僕は椅子に腰掛けた。 奥さんはコーヒーを入れてくれ、そっと俺に差し出した。 「頂きます。」 「このコーヒーはね、主人が大好きだったのよ。」 「そう・・・だったんですね。とても・・・とても美味しいです。」 「そう。よかったわ。」 「僕は!」 突然大きな声を出してしまい、奥さんはきっと驚いたに違いない。けれど、ちゃんと言わなければ、伝えなければと思い、咄嗟に大きな声になってしまった。 「僕は!本当に大変な事をしてしまいました!本当に・・・本当に申し訳ございませんでした。謝って済む事ではない事は分かっています!ですが、それでも・・・それでも!」 俺は床に頭をつけて、しばらくの間黙っていた。 その間、奥さんも俺の姿を見続け、黙っていた。 今までに経験した事の無い、沈黙の状態だった。 少しの時間が経っただろうか。奥さんは立ち上がり、部屋の奥へと向かっていった。 それでも俺は頭を下げ続けた。 そして奥さんは部屋に戻ると、 「頭を上げてください。」 そう言い、頭を上げると目の前には俺が今までに送り続けた手紙があった。 改めて見ると、こんなに送っていたのかというくらいの大量の手紙だった。 「あなたが送り続けた手紙を、私は全て読みました。でも返事は一切だはなかった。それは何故だかわかる?」 「いえ・・・。」 「それはね。あなたに返事を書いた時点で、主人の事、あなたのこと、全てが終わってしまいそうで、消えてしまいそうで怖かったの。私のたった一枚の返事で、何もかもが終わりそうだった。だから返事を書くのがとても・・・。」 「そうだったんですか。」 「けれどね。あなたの手紙を読んで行くたびに、あなたの刑務所の中にいる光景が目に浮かんだわ。私は一度も入った事ないからわからないんだけどね。けれどあなたの一生懸命さも、大変さも、辛さも想像してた。そうしたらね、本当はもう許してもいいんじゃないかって思えたの。」 奥さんは涙を流した。 涙を流しながら、話を続けてくれた。 「あなたがした事は決して許される事じゃない。あなだがどんなに謝った所で、主人は二度と帰ってこないわ。でもこの手紙を読んでいくうちに、あなたに、主人の分まで精一杯生きてほしいって思ったの。それが、今のあなたの償うべき事だと、私はそう思ったのよ。」 奥さんは僕の手を握り、大粒の涙を流した瞳で僕を見つめ、 「私達に残された時間は少ないけれど、最後まで精一杯生きてちょうだい。」 僕は奥さんに涙を見られない様に下を向き、 「・・・はい。ありがとう・・・ございました。」 と伝え、奥さんに見送られながら家を出た。 そして僕は、恵と美花の元へと向かった。 地球の消滅まであと29時間。
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