恋色バレンタイン 2020

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 CMが終わり、芸能ニュースが始まると同時に乗り出していた身を引いて定位置に収まると、そちらにはさほど興味を示すことなく炬燵の天板中央に置かれた籠からみかんを二つ手にとった。 「尚斗も食べる?」 「……ぅん」  言うなり月冴は丁寧な指運びでみかんの皮を剥き始めた。その動きを、横目で追いながら思うのだ。 (さっきのチョコ……食いたいのか?)  月冴があの様にして欲求を口にすることは、至極稀である。  そもそも、そんなことを言う気はなかったのに漏れ出てしまったとも取れなくはないが、身を乗り出してまでCMを見つめあまつさえ「美味しそう」などと口にする──それで興味が全く無いなどと、どうしたって形容し難い。 「はい剥けたよ。このみかん美味しいよね、やっぱりみかんは小さめサイズが旨味ぎゅってしてて美味しい」  白い筋を取り除いて綺麗になったみかんを丸ごとこちらに一つ渡し、月冴はそうそうに自分の分を割ってひと房口に運んだ。  言葉通り旨味が詰まっているらしく、美味しさを体現するかのように笑みをこぼしている。駅前商店街の八百屋は今回もいい仕事をしたようだ。美味しいみかんにご満悦の月冴に倣って、ひと房みかんを口に含む。うん、美味い。 「あー、そろそろ泰正さん帰ってくるよね。メインのおかず仕上げないと」 「……俺も手伝う」  居間の柱時計で時間を確認した月冴が、残っていたひと房を口に放り込んで慌ただしく席を立つのと同時に、読みさしの小説に栞を挟んで閉じる。  そのまますっくと席を立つと、意外に思われたのか、目を丸く見開いた月冴と視線が交わった。 「……ダメか?」 「え?」 「俺が台所に居たら……邪魔?」 「そんな! 邪魔じゃない、邪魔じゃないよ!」  ぶんぶんと両手を振って、そのまま一歩こちらへと踏み出し横に並ぶと腕を絡ませる。二の腕に蟀谷を擦り寄せる仕草が、まるで猫のようだ。 「……嬉しい?」 「もちろん!」 「ふふふ」──そんな照れたような、幸せを滲ませたような小さな笑い声に気を良くして、連れ立って台所へと向かった。
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