〔見えない彼女〕

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〔見えない彼女〕

〔見えない彼女〕 冬休みも終わり、新学期が始まったその日、『それ』は突然やって来た。 「ねえタカシ?あなた好きな娘いるの?」 隣のクラスの中林カオリだった。 小学校が同じで中学でも同じクラスになった事もある。この3年生は別々のクラスになった。 家も離れていて幼馴染みではないが、僕の事を呼び捨てにする馴れ馴れしいヤツだ。 まあ、同じクラスの時は、よく話していたし仲は良い方だと思う。サバサバした性格で女子というより、男子と話をしている感覚に陥ることさえある。 そのカオリが休み時間を使って、僕に『好きな娘』がいるか聞きに来たのだ。 「好きな娘いるの?」久しぶりに聞かれた気がする、なんて懐かしいフレーズだ。 小学生は足が早ければ人気者になる。まさに僕がそうだった。顔は普通でも運動会や体育で活躍すれば、それなりに人気者になれる。 そして6年生をピークに『その言葉』をパッタリと聞かなくなった。 中学生になると、他の小学校からも生徒が集まり、さらに女子も運動だけでなく、顔と頭も選考対象に入れてくる、さらに言うと性格までも選考の対象だ。 そんな女子達の目に僕が止まる訳もなく、この3年間彼女どころか告白もされたことが無かった。 『好きな娘』?当然居たこともあった。しかし自分の好きな娘が自分を好きとは限らない。 むしろ違う男子を好きな確率の方が遥かに高い。 そうした事もあり、告白さえしたことも無かった。 いきなりの質問に戸惑いながらも、ドキドキしていることを悟られないよう冗談ぽく返した。 「ん?なんだ中林か。なになに?もしかしてお前…」 「アタシのクラスの娘がさ、あなたと話がしたいんだって。」 僕の返しが終わらないうちに、食いぎみで言葉が帰って来た。 まさかの返答に思わず声が出てしまった。 「え!?ウソ!?誰?僕の知ってる娘?」 「ただし、条件があるの!話は手紙で、誰かは探らない。もちろん名前も聞かない!わかった!?」 質問の答えになってない…「なんだよそれ!」と言いたいところだったが、女子からのアプローチ、文句は言えない。 嬉しくて、にやけそうな顔を抑えつつ、 「いいけど、僕、字は汚ないし手紙も書いた事無いよ?」 すると、中林は安心したように、 「仕方ないでしょ!その娘むちゃくちゃ恥ずかしがり屋なんだから。返事は出来る時でいいから。」 僕は、また冗談ぽく、 「なんだ、中林じゃなかったのか。ちょっと残念。」 と、中林をからかい反応を探った。すると、 「な!何言ってるの!?バッカじゃないの? とにかく、明日から書いて来ると思うから、真面目に返事を書いてね!」 と、捨て台詞を残し、そそくさと自分の教室に帰って行った。 さっきの僕の言った台詞は半分は本気だった。まったく知らない女子より、少しでも気心の知れた中林の方が良かったからだ。 次の日、早速、中林が手紙を持って来た。休み時間に待ち合わせ場所決めて、誰も居ない時を見計らって、瞬時に手紙を渡すのだ。 その日最初の手紙を受け取った。ピンク色の花柄の封筒。いかにも女の子らしい。 どんな事が書かれているのか。逸る気持ちを抑え家に帰って封を開けた。 封筒の中には、封筒と同じ柄の便箋、それと折り畳まれた未使用の封筒? 手紙の内容を見てみる。どうやら手紙の女子は物凄く真面目な女子ということが一目でわかった。 僕が手紙を書くのが苦手というのを中林に聞いたのか、返事を書きやすいように質問形式になっていた。 おそらく未使用の封筒は返信用の封筒なのだろう。 手紙の内容にも真面目っぷりがよく出ていた。 〔問1〕 好きな食べ物は? 〔問2〕 好きな動物は? という具合に全部で10問あった。 思わず「小テストか!?」とツッコミながら答えを書いた。 その答えを書いた便箋と一緒にノートのページを破り、「こんな僕に手紙を書いてくれてありがとう」と一言だけ書いて封筒に入れた。 その一言がよほど嬉しかったのか、その次の封筒にはぎっしりと書かれた3枚の便箋が入っていた。 僕もそんな彼女を喜ばせようと、文房具店に行き封筒と便箋を買った。さすがに可愛らしい便箋はやめて、青や緑の無難な便箋を選んだ。 そうして僕と見えない彼女との手紙のやり取りが始まった。 手紙を読むと、どうやら小学生の時から僕のことを見ていてくれたらしい。 その日あった事、受験の事、同じクラスになった事もあると書いていたこともあった。 そんなやり取りが1ヶ月程経った頃、学校での雰囲気が慌ただしくなって来た。 2月に入ると、必ず目に飛び込んで来るイベントがある。『バレンタインデー』だ! 中学最後のバレンタインデー、進路によってはほとんど会えなくなるかもしれない。 男子も女子もソワソワしてるように思えた。 しかも今年の2月14日は日曜日。毎年のように男子を呼びに行くパシリにもされる事も無い。嬉しいやら悲しいやら。 まあ、その代わり義理チョコを貰っていたが… 手紙の彼女はバレンタインデーの事は触れて来なかった。 僕も触れる事はしなかった。書いてしまうと催促をしてるようで嫌だったからだ。 そして、バレンタインデーを2日後に控えた金曜日、中林が少し真剣な顔をして手紙を持って来た。 いつものように僕に手紙を手渡すと、 「手紙のやり取りはこれが最後だって…」 中林は顔を曇らせながら言った。僕はいきなりの事に驚き、 「は?!ちょ、ちょっと待って!僕、な、何か気にさわる事書いたっけ?」 すると中林は、 「さあ、知らない。手紙を読めばわかるんじゃない?」 まるで他人事のように、僕の慌てふためく反応を面白がった。 まあ、中林にしてみれば他人事なのだが… 当人の僕からしてみれば、たまったものでもない。乗っていた気球が破裂して地面に落ちていくような感覚だ。 1ヶ月の短い期間とはいえ、手紙のやり取りは楽しかった。相手の文章を詠むのはもちろん、自分の文章を悩みに悩み、絞り出した言葉に相手の反応が良かった時の達成感。 手紙には書かなかったが、バレンタインデーも少しは期待をしていた。 そんな時に突き付けられた現実… 僕は、なんとか気を張り、 「ま、まあ、これから受験も本番だからね。その娘に今までありがとうって言っといて…」 僕が落ち込んでいるのがわかったのか、中林は僕を元気づけるように、 「まあ、そんなに落ち込まなくても、手紙に何か書いてあるんじゃない?」 と、言いながらその場を去ろうとした。僕は中林に、 「中林!ありがとうな。その…手紙の配達人…」 僕は仲立人の気持ちは知っていた。僕が頼みやすく見えるのか、女子からは男子の呼び出し、男子からは意中の女子に好きなヤツが居るか探りを入れる。そんな事を何度かやった事がある。 それでカップルが誕生すれば、それはそれで嬉しい。しかし、自分の事ではないので寂しさもある。 とにかく複雑だ。 手紙のやり取りに浮かれて、中林の気持ちを考え無かった事を今更ながらに後悔をしていた。 すると中林は振り向きながら、 「何言ってるの、アタシも楽しませて貰ったからいいの。タカシ、ちゃんと真面目に書いてたじゃん。たまにアタシも読ませて貰ってたの。」 「え!?は?よ、読んでいた??」 僕は一気に顔が赤くなるのがわかった。と同時に、 「な!中林!ひ、人の手紙を勝手に…」 「大丈夫。彼女物凄く喜んでいたよ。思っていた通りの真面目な人だって。」 何が『大丈夫』なのかわからなかったが、中林の言葉を聞いて怒りも収まった。 手紙を託す程仲の良い友達だ。手紙を見せるのも、女子の間では当然なのだろう。 それに、他人に読まれて恥ずかしいような文章は書いていないと思う…たぶん… 家に帰り、ドキドキしながら封を開けた。こんなにドキドキしたのは最初の手紙以来だろう。 しかし、希望に満ちた最初のドキドキに比べ、どうして最後の手紙なのかと、不安のドキドキに封を開ける手が重かった。 中に入っていたのは、1枚の便箋。短い文章だった。 「直接会って、渡したい物があります。」 僕は何度も読み返した。「直接会って」? 手紙には時間と場所も書かれていた。家と中学校の間にある公園だ。日にちは2月14日、バレンタインデーだ。 直接会って渡したい物。こんな僕でもすぐにわかる。きっとチョコレートだ、そして告白される。 僕は土曜日、家から出ることは無かった。出てしまうと、この話が無かった事になりそうで怖かったのだ。 部屋で何度も今まで貰った手紙を読み返した。 そして、告白された時の返事もすでに決まっていた。 手紙のやり取りをしてる間に、どんどんその娘に惹かれていたのだった。 中林のクラスの女子の顔を思い浮かべながら、手紙の文章と照らし合わせたりもした。 そして、バレンタインデー当日。僕は約束の10分前に待ち合わせ場所の公園に着いた。 『約束の10分前行動』僕のモットーだ。 というのは建て前で、逸る気持ちを抑え切れなかっただけの事であった。 するとすでに女子が1人でベンチに座っていた。 待ち合わせに指定されたベンチだ。 僕は緊張しながら、恐る恐る近付いた。しかし、その緊張もすぐにほぐれた。 ベンチに座って居たのは『中林』だったからた。きっと1人では緊張するであろう彼女の為に付き添いとして来たのであろう。どこまでもいいヤツなんだ、中林よ。 しかも、いつもの制服とは違い、私服の中林は新鮮だった。僕は近付きながら、 「おはよう!中林。早いな、付き添いか?手紙の彼女はまだ来てないんだな。」 と、中林の隣に腰を下ろした。しかしなんだか中林の様子がおかしい。僕の顔もほとんど見ずに下を向いたままだ。顔も少し赤い。 僕は下から中林の顔を覗き込んだ。 「どうした?中林、体調悪いのか?」 すると中林は目が合った途端、顔を背け、自分の隣にあった紙袋を無造作に掴み取ると、 「タ…タカシ!これあげる!」 と、ぼくの目の前に紙袋を押し付けて来た。 僕はいつもの義理チョコだと思い。 「サンキュー!いつもありがとうな。で、手紙の娘はまだ来ないのか?」 すると中林は下を向きながら、 「あ…あのね、タカシ…、アタシ…アタシ……か、帰るね!!」 と、言ったかと思うと、いきなり走り出し、公園から出てしまった。 それを見た僕は、 「なんだ、やっぱり体調が悪かったんじゃないか。無理して来なくても。 そういえば中林の家ってこの近くだよな。」 気が付くと約束の時間は過ぎていた。 「まあ、予定も無いし、中林に貰ったチョコでも食べながら、もう少し待ってみるかな。」 僕は恥ずかしがり屋の彼女の為に、もう少し待ってみることにした。 中林から貰ったチョコを食べようと袋を覗き込むと、チョコの箱と一緒に封筒も入っていた。 「手紙?義理のに?」 しかも、その封筒はピンク色の花柄。初めて貰った封筒と同じ柄だった。 「まあ、彼女と仲が良いのなら、一緒に買いに行く事もあるよな。しかし、中林も手紙を書くんだ。なんだかんだで女子だしな。」 僕は、中林が手紙を書くのが想像出来なかった。頭より先に体が動くタイプだと思っていたからだ。 僕はチョコよりも手紙が気になり、すぐに封を開けた。 「え!?」 僕は、便箋を一目見た瞬間声を出して驚いた。 そこに書かれている内容よりも、昨日、何度も何度も読み返した文字がそこに並んでいたからだ。 「え?これって、中林から貰ったよな?え?もしかしてやっぱり彼女が恥ずかしくなって、中林に頼んだとか?」 頭がこんがらがって来た僕は、とりあえず手紙を読むことにした。 「タカシ、今までウソついてごめんなさい。手紙の彼女なんていないの。 中学ももうすぐ終わりだから、思いきって告白します。 タカシ、アタシは、ずっとずっとあなたの事が好きでした。 中林カオリ 」 そして手紙の隅に電話番号らしき物が書いてあった。 手紙を読み終えた僕は、少しの間放心状態だった。 「あの中林が僕の事を好き?じゃあ今まで中林と手紙のやり取りをしていたって事か。」 僕は、驚きつつも安心もしていた。 「あのヤロウ、こんな回りくどい事しなくても…」 僕はその場ですぐに電話をかけた。すぐに出ると思っていたが、なかなか出ない。 着信音の音がやたら長く感じていた。 「早く出ろよ!僕だってお前の事…」 一度、電話を切ろうとした瞬間、中林の小さな声が耳に届いた。 「は…い、もしもし…」 「中林?お前なぁ、」 「タカシ…やっぱり怒ってる?」 「お、怒ってなんか無いよ…、あ…あのさ、よかった…」 「え?」 「い、いや…手紙の彼女が中林でよかった。」 「それって…」 「う、うん。高校…一緒だな。また同じクラスになれるといいな。」 「うん…」 「そ、それからさ、中林だけ僕の事、名前で呼ぶだろ?だ、だから僕も中林の事、名前で呼んでも…」 「え?い…いいけど…み、みんなの前だと恥ずかしいから、ふ…2人の時だけなら…」 「わ、わかった…、じ、じゃあ…今ならい…いよな?」 「う…うん…」 「カ…カオリ…チョコレート、ありがとう。」 「うん…、タカシ…アタシも…ありがとう…」 Happy Valentine!!
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