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第1章 10年前
今井 涼との出会いは中学3年の春だった。
偶然隣の席になった彼は、無表情で何を考えているかわからないし、自分から周りに話しかけようする素振りもなく、きっと隣の私とも必要以上に話すことはないだろうと思っていた。
シュッとした輪郭に筋の通った鼻、長いまつ毛が切れ長の大きな目に影を落としている。
私は話したこともない彼に対して勝手に苦手意識を持っていた。
中学2年のバレンタインデーの時、廊下の片隅でチョコレートを渡されている場を偶然見かけたことがあった。
「これに何の意味があるの?」
とチョコレートを手渡した女の子に言っているのを聞いた時は、「この人はなんて冷徹な人だろう」と思った。
その割に、勉強も出来て顔もいいからか、彼は学年でも一目置かれる存在だった。
廊下でたまにすれ違う彼は、自分から声をかけるわけでもないのに、目立つヤンチャな男子からも、物静かそうな男子からも不思議と話かけられていて、孤立している感じはない。
自分から積極的に輪に入って行こうとはしないくせに、周りが自然と彼に惹きつけられていく。
私はそんな彼が得体の知れない存在に思えていた。
だから隣の席になった彼に、
「あの紙に書いてある本って、図書室にある?」
と突然聞かれた私は驚いて「え?」と裏返った声で聞き返してしまった。
「図書室前の掲示板に貼ってある「おすすめの本」って紙、あれ書いてるの伊奈さんじゃないの?」
と彼は私の目をまっすぐ見て言った。
それは、私が読んだ本のあらすじと感想、ちょっとした絵を書いたものだった。
一年の頃から図書委員をしている私は毎月ひっそりと図書室前の掲示板に貼っていた。
だが、殆どの人はその紙に気を留めることなく通り過ぎていく。
彼が私が書いていることを知っていることを不思議に思いながらも、
「もしよかったら私のを貸すよ」
と鞄の中からその本を取り出して彼に手渡した。
すると彼は翌朝、
「すごい面白かった!」
と嬉しそうにその顔を輝かせた。
こんな一面もあるんだと私は彼に少し興味を持った。
彼は学級委員や風紀委員、美化委員、保健委員など数ある委員会がある中で何故か図書委員に立候補した。
自分で立候補したにも関わらず、彼はカウンターで返却された本をペラペラとめくって眺めているか、カウンターに肘をついて、
「ねえ、何かおすすめの本ある?」
と話しかけてくるばかりで図書委員の仕事を何一つする素振りはなかった。
本にしか興味のない私のことをからかっているのだろうと私は彼を適当にあしらっていた。
けれど、彼が時折、何かを諦めたような暗い目で窓の外を見つめていることに気がついた。
そして、日を増すことに彼の目は何も映していないかのように暗さを増していく。
図書室でも教室でもどこか遠くを見つめる時間が増えていく。
私は彼にそんな目をして欲しくなかった。
彼と図書室で過ごすかけがえのない日々の中で私はそう思うようになっていった。
だから、私は出来るだけ彼に色々な本の話をした。
私が本の話をする時、彼はしっかりと私をその目に映した。
サスペンス系のストーリーは少しハラハラした表情をし、ミステリーは最後どうなるのか眉をひそめながら考えて、切ない恋愛モノは少し切なそうな表情を浮かべながら。
でも、私は彼に何かをした気になっていただけで何も変えることはできなかったーー
彼はあの日からもう、私の隣にはいないのだ。
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