2 わがままVSわがまま

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2 わがままVSわがまま

 ほんの少し前の話である。  希望にとっては人生で最も長く辛く、悲しみの多い時期であったことだろう。ライを愛してしまい、愛されないまま彼のものとなった頃のことだ。  希望はずっと我慢していた。重荷にならないように、面倒な男だと思われないように、少しでも長く、恋人ごっこしていられるように、愛したいのも愛されたいのも我慢した。  しかし、あっさりと限界を突破した希望は、深い悲しみを大きな怒りに変えて、ライに殴りかかった。    いい子にしてやってるんだから優しくしろ、丁寧に口説け、可愛がれ。    どうせ長く続かない恋人ごっこならば、と希望は想いを全て伝えた。ライの心が変わらなくても、愛されなくても、捨てられても構わない。愛や想いは行動で示すものだと希望は考えていた。  ライにとっては違うのかもしれないと気づいたのはしばらく経ってからだ。    ライは嫌いなものを希望に言わなかったし、悟らせるようなこともしなかった。甘いものが嫌いということですら、付き合い始めて少し経ってから偶然知ったくらいだ。  言ってくれればいいのに、と希望は思った。知らないから、親交を深めたくておやつに誘っては断られて、何度も傷ついてしまった。  それから、希望が他の誰かに大事にされたり、甘えたりするのも、歌って愛を振りまくのも、殺したくなるくらい嫌なことだったらしい。それも、首を絞められて初めて知った。  だから、言ってくれればいいのに! と希望は強く思った。    ライは希望と違って、相手に自分の想いや情報を伝えようという発想はないらしい。ライの性格からして、照れとか見栄とか、余計なものが邪魔をしているわけではないだろう。好きな人に自分のこと知ってもらいたいと思わないのか、そんな人間もいるのか、と希望は衝撃を受けた。    しかし、希望の「言ってくれればいいのに」という要望が通じたのか、はたまた、ライ自身が伝えた方がストレスが少ないことに気づいたのか。  とにかく、今はもう、ライが黙ったまま耐えることなどありはしない。  嫌なことは嫌と、きちんと言えるのである。   「薔薇いらねぇ。」    希望は当然のごとくライの住処に連れ込まれたが、いつものようにソファでまったりとくつろいでいた。  ライを見上げて目を丸くしているが、ぱち、ぱち、と数回瞬きを繰り返した後、首を傾げた。   「……なんで薔薇のこと知ってるの? 心読めるタイプの悪魔だから?」 「薔薇いらねぇ」 「無視ですか?」    希望はふう、やれやれ、と肩を竦めた。もう慣れましたよ、とでもいうような変に余裕に満ちた態度と笑みがライの神経を逆撫でする。   「俺の顔が可愛いからって見惚れてた? もーしょうがないなぁ、もっと見ていいよ」 「薔薇いらねぇ」 「……」    希望は二度会話を拒否されて、やや機嫌を損ねたようだ。唇を尖らせて、ライをじっとり睨む。けれど、はぁ、とため息をつくと、呆れたように口を開いた。   「あのねぇ、ライさん? いいですか? ライさんが欲しいかどうかじゃなく、俺があげたいからあげるの。たまには俺の愛を素直に受け取って」 「もっといらねぇ」 「もっとってなんだよ! 表出ろこのやろぉ!!」    希望が思わず立ち上がると、逆にライはソファに座った。   「一人で出てろ」 「はあ!? 寂しいだろ! ちゃんとついてきて! 優しくして!! 薔薇も愛も受け取って!!」 「これ以上要求を増やすんじゃねぇよ。大人しくしてろ。余計なことするな」    話は終わったとばかりに、ライは希望に目も向けない。ライがおもむろに手に取った雑誌を希望が弾き飛ばした。代わりに自分がライの膝の上に乱暴に跨って、無理矢理視界に入り込む。両手を背もたれに突いて、腕の間にライを閉じ込めた。   「受け取ってハニー!」 「いらねぇよダーリン」    二人の視線がぶつかって、バチンッと火花が散る。  花束を絶対に渡したい希望と絶対に欲しくないライの、思いやりの欠片もない愛の殴り合いが始まった。
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