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3 バレンタインの悪魔
バレンタイン九日前。
希望がニコニコしてライに枝垂れかかる。
「ライさんには百合とかカスミ草みたいな清楚で可憐な花は似合わないよね、薔薇だぞオラ! って顔してるから薔薇だけにしたよ♡一〇〇本♡楽しみにしててね♡」
「へえ、そう」
ライのいかにも興味なさそうに返事に、希望はぎりり、と奥歯を噛む。
薔薇は確保できた。けれど、どうやって渡せば、ライは受け取ってくれるだろうか。
やはり、いつものようにあんなことやこんなことをして、色気でいくしかないのだろうか。
……そうだ、俺がエッロエッロな格好して、どすけべなことして、主導権を握って、ライさんが我慢できなくなるくらいメロメロにして、「俺が欲しかったら受け取って♡」って囁いて……無理だ!!
閃いた妙案に、きらりと瞳を輝かせた希望は、直後に頭を抱える。
ライさんは我慢強い。ライさんも強いがライさんのライさんなんて、信じられないくらい強い。俺がもうイッて、お願い、許して、って縋って締め付けても、責め続けてくる。その上何度出してもバッキバキに大きくて固いままなんだ。ライさんが満足するまで、終わらないんだ。同じ男して信じられない。一体どうなっているんだろう?
……なんてことを考えてチラチラと見ていたらドキドキしてして、お腹の奥がきゅんきゅん疼いて、当然ライさんにはあっさり気づかれて、メロメロにされたのは俺だった。
「俺が欲しかったら受け取って♡エロエロ下着作戦」はだめだ。諦めよう。
残り九日。希望はライに渡す方法を必死に考えて続けた。
***
バレンタイン一日前。
希望はスマホの画面を見つめて固まっていた。
『少し早めのバレンタイン♡チョコも美味しいし、薔薇も綺麗! 希望くんありがとう!』
これは知り合いのアイドルのSNS、真っ赤な薔薇とチョコのセットと共に可愛らしく映っている。
『希望くん、バレンタインありがとう。薔薇が大人っぽくてちょっとドキッとしちゃった♡』
これはさっき電話をくれた女優のお姉様。「私のも楽しみにしててね♡」と魅力的な言葉までくれた。
『希望さん! 毎年毎年、スタッフ一同にありがとうございます! いつも直接渡してくださるのに、急に届くから……サプライズですね? さすがです! みんな喜んでましたよ、お洒落な薔薇たくさんで!』
これは今朝会った事務所のマネージャーさんから言われた。
他にもたくさんの友達から連絡があった。
綺麗な真っ赤な薔薇を、ありがとう、と。
希望が彼らに渡したかったのは、別のものだ。
「え、あ……よ、喜んでもらえて嬉しいです♡ハッピーバレンタイン♡」
慌てて笑顔を作って、希望は彼女たちの笑顔を守ったのだ。
***
「――っ! ライさん!!」
「おかえりダーリン」
ライが迎えに来る前に、希望はライの部屋に殴り込んだ。希望は乱暴に扉をぶち破り、目を吊り上げて声を荒げているが、ライはやたら優しい声で応える。
明らかに希望が殴り込んでくるのを待っていたような、余裕の笑みである。希望のマグマが噴火しそうだった。
希望が注文しておいたライの為の薔薇は、希望がバレンタインで別のものを送ろうとしていた知り合いたちに配られてしまっていた。
注文内容が勝手に変更されていたのだ。
「俺の薔薇! 勝手に配っちゃったでしょ!?」
「忙しそうだったから代わりに配っておいた」
「俺はライさんにあげようと思って注文しておいたの!! なんで勝手に内容変えちゃったの!? ていうかどうやってこんな……!!」
ライがどうやったのか、それはもうこの際どうでもいい。
正式なルートで変更された注文を受け入れた花屋を責めることはできず、かといって薔薇を受け取って喜んでいる子たちから回収することもできなくて、希望はライを睨みつけた。
ただキャンセルされただけなら、花屋に薔薇は残っている。なんとかして手に入れることはできたかもしれない。けれど全て配り終えてしまってはどうすることもできなかった。
ライの為に選んだ大きさも色も形も上等なクラスの薔薇、数も数だ。希望は抱えるくらい大きな、一〇〇本の薔薇の花束をライに渡したかった。
「そんなに薔薇が欲しいなら手に入れてやろうか? 俺が、お前の為に」
「――っ……!!」
希望が悔しさに唇を噛んで瞳を潤ませるが、ライは契約を持ちかける悪魔みたいに楽しそうに微笑んでいる。
「ライさんの馬鹿! 性悪! クソ悪魔!! まだ一日あるもん!!」
「お前の愛って、一日で用意できる程度なの?」
「愛に時間は関係ない!!」
「へえ、そう。楽しみにしてるよ、ダーリン」
ケラケラと笑う悪魔に、希望は背を向けて走り出した。
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