act.122

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act.122

Present ー現在ー  「可愛かった、物凄く。思ってた以上に」  ── わー……、何この人。  アルフォンスは、自分に横顔を見せたままの怜央を見つめ、無言で目を丸くした。  またも怜央は、“らしくない“少年のような微笑みを浮かべつつ、更に頬を少し赤くして、立膝をしたその上に顎をのせた。  ── うわぁ、こんな顔しちゃうんだ、この人。  セックスしている最中、アルフォンスは怜央に対して何度もそう思ったが、またもそう思わざるを得なかった。  アルフォンスも釣られた形で、思わず頬が熱くなる。 「う」  アルフォンスは思わず自分の胸を空いた手で押さえ、妙な胸の動悸を諌めた。  そんなアルフォンスを訝しく思ったのか、いつもの怜央の表情に戻って、チラリと横目でアルフォンスを見てくる。 「なんだ。アル、大丈夫か?」 「え? ええ………。ちょっとコーヒーが変な方向に入ってしまったかな。ハハハ」   ── ギャップ萌えの威力…………。こわっ。  アルフォンスは、まるで自分を慰めるように乾いた笑い声を上げた。 「俺さ」  ふいに怜央が話を始めた。 「アイツの顔、スゲェ好きなんだよ」    「え?」  アルフォンスが胸を撫で下ろし、怜央に視線を戻すと、怜央はまたぼんやりと暖炉を見つめ、話を続けた。 「単純にさ。聡士の顔が好きなの。凄く。最初に会った時から、ずっとそうだった」 「へぇ………」 「アイツ、まるで日本人形みたいな顔してるじゃん。色が白くて、頬がつるんとしててさ。今でもどこか作り物みたいな顔してるけどさ、子どもの頃はもっとお人形さんっぽくてスゲェ可愛かったんだよ。 ── なんかその時のことを思い出したんだよ。さっき」  暖炉の覗き窓から見える心地のいい炎のせいなのか、はたまた香ばしいコーヒーの香りがそうさせるのか。怜央は随分とリラックスした様子で、いつもより饒舌に語った。 「アルに抱かれてる時のアイツは、俺と二人きりでいる時と全然違って、なーんも我慢してるところがなかった。ただただアイツらしく、素直に感じて、喜んで、楽しんでた。そんなアイツ見たの、俺、初めてでさ。“うわー、なんかよかったな”って心底そう思えて。エロいことしてる最中だっていうのにさ。そんなことも忘れて、変に安心して。逆にそう思ってる自分にびっくりした」  遠くを見つめながらそう話す怜央の横顔は、あの時と同じ、穏やかで柔和な笑顔だった。  アルフォンスがそんな怜央の様子に切なさを感じつつ、「怜央さん…………」と彼の名を呟くと、怜央がアルフォンスに顔を向けた。 「ほら。アイツ、言ってたじゃん。“アルといると安心できるんだ”って。アイツは俺といる時、いつもどこか遠慮しちまうからさ。アルがいてくれて本当によかったって思うよ。アルを選んだ俺の目に狂いはなかった。 ── ありがとうな、アル」  その怜央の言葉は、変にカッコつけることもなく、そしてまた媚びるものでもなく、本当に真っさらで素直な言葉のようにアルフォンスには聞こえた。  迂闊にもアルフォンスは泣きそうになって、それを誤魔化すために少し鼻を啜り、笑顔を浮かべた。 「私もあなたから選ばれて、とても光栄です」  互いに視線を合わせ、微笑みあった。  アルフォンスは、一つ溜め息をつく。 「私はもう、あなたを追い立てるようなことはやめにします」 「え?」 「三人の恋愛関係に関して、私はあなたを自分のペースに無理矢理嵌め込もうとしていました。だからこそあなたは本能的にそれを察して、私に“急かすな”と言った。そうですよね?」 「あ、ああ…………」  怜央が昨日のことを思い出したように、そう呟く。 「昨夜、聡士さんを見守っているあなたの横顔を見て、私はやっと理解しました。あなたの恋愛は、今やっと封印から解き放たれて、スタートしたんだって。だから、ゆっくりでいい。あなたは、あなたのペースで聡士さんを愛してくれれば、それでいい。私も、私なりの愛し方とは何であるのか、大切に探していきたいと思っています」  それを聞いて、大きく息を吐き出したのは怜央の方だった。 「いやぁ………。アルは凄いな…………」 「凄いのは、あなた方の方です。あなた方が私に力を与えてくれているんですよ」  しばし二人で暖炉を眺めつつ、コーヒーを楽しんだ。  ふとアルフォンスが、「あ、そうだ。ねぇ、怜央さん」と声をあげる。 「怜央さんが聡士さんと最初に出会った時のこと、聞いてもいいですか?」  アルフォンスがそう聞くと、怜央はアルフォンスに視線を戻した。 「アイツが施設にいたことは聞いてるか?」 「施設?」 「あー、なんつーか………。Orphelinatっつーの?」 「ああ、なるほど。親元を離れた子ども達が暮らすところですね」 「そう。俺の親父と聡士の父親は兄弟弟子の関係で、聡士の家に何があったかを知った親父は、速攻で聡士を家に引き取ることを決めたんだ。お袋は反対してたんだけど、親父は頑として譲らなかった。穏やかそうな人間に見えて、相当頑固な人だったからさ」 「なるほど、なるほど。じゃ、怜央さんはお父さん似ということなんですね」  アルフォンスがそう言うと、一瞬怜央はきょとんとした顔つきをしたが、すぐにニヤリと笑って、アルフォンスの身体を小突いてきた。  アルフォンスは「ハハハ」と笑いながら、「それで?」と先を促す。 「お袋には止められたんだけど。聡士を迎えに行く親父に俺はついて行った。子どもって単純だろ? 俺は一人っ子だったからさ。同い年の兄弟ができると思って、単に嬉しかったんだ。一体どんな子なんだろうってワクワクして出かけたんだけど、実際に会いに行ったら、びっくり。そりゃぁもう酷い状態でさ」 「酷いとは?」 「虐められてたんだ。アイツ。アイツって、ああいうヤツだろ。相手から一歩的に好意を寄せられても気づかないか、気づいても興味がなかったら物凄く素っ気ない。そのせいで買わなくてもいい恨みを買って逆恨みされる。“可愛さ余って憎さ百倍”ってやつさ。それでアイツは昔から過剰な敵意を謂れのない相手から受けることが多かったんだけど、それは子どもの頃からそうだったみたいだな。きっと施設でもそうだったんだろう。俺がアイツに初めて会った時も、極寒の季節だったのに、身ぐるみ剥がされて、頭から水までぶっかけられて中庭にポツンと立たされてた」 「 ── なんてことだ。酷い」  アルフォンスが眉間にシワを寄せると、怜央は「だろ?」と肩を竦めた。 「全身ガタガタ震えててさ。おまけに鼻血まで出して…………。その様は酷い有様だったけど、でも俺、アイツの顔を初めて見た時、“うわぁ、この子凄くキレイな子だな”って、思っちゃったんだよな。そう思ったら、たちまち俺、“この子を俺の生命に変えても守ってやらなきゃ”って思っちゃってさ…………。けど、俺なんかが守んなくても、アイツは充分強かったんだよな。俺なんかよりずっとさ」  そう話ながら視線を下げる怜央のマグカップに、アルフォンスは自分のそれをコツンと当てた。  怜央が視線を上げる。  アルフォンスは、にっこりと微笑んだ。 「前にも言ったでしょ? あなたはこれまで充分、聡士さんをちゃんと守ってきてくれました。そうでなければ今頃、彼はこの世に存在していなかったかもしれません。あなたの存在が彼を支え、生きる力となった。 ── それはとても大切なことです。この私にとっても」  アルフォンスのどこか含みのある物言いに、察しの良い怜央が怪訝そうな表情を浮かべた。  アルフォンスは構わず続ける。 「大切な肉親を失ったのは自分のせいだと考えている人間にとって、己を犠牲にしてまで自分のことを大切に思ってくれる人が傍に居てくれることはとても重要なのです。そのことにどれほど心が救われることか。怜央さん、私はね、一般論を言っているのではありませんよ。私はそれを知っているからこそ、そう言えるのです。── 私もそうであったから」  怜央が、はっきりと眉間にシワを寄せる。 「アルも?」 「ええ」  アルフォンスは頷いた。 「私にとっては、養父がそういう存在でした」  怜央が身体を起こして、アルフォンスに身体を向ける。 「そうか。アルも聡士のように生まれとは別の家で育てられたんだっけな」 「そうです。丁度いい機会ですね。前から怜央さんにも話しておきたいと思っていたのです。私の過去を。あまり耳障りのいい話ではありませんが…………。── よろしいですか?」  アルフォンスがそう尋ねると、怜央は「もちろん」と頷いた。  アルフォンスは、小さく深呼吸をすると、こう切り出した。 「私の本当の名前は、ルカ・ヨヴァノヴィッチと言います」 「 ── え…………」  怜央が大きく目を見開いた。 「ルカ? あ。あぁ………。そういや聡士が………」  怜央が譫言のように呟く。  アルフォンスは昨夜のことを思い出し苦笑いをしながらゴホンと咳払いをすると、先を続けた。 「 ── 世間的に私はオーストリア人ということになっていますが、私の本当の生まれはセルビアなのです…………」  翌朝。  聡士が目を覚ますと、キッチンからアルフォンスと怜央の笑い声が響いていた。  窓の外は既に明るく、聡士は自分が随分寝坊をしたことを悟った。  すぐに身体を起こそうとしたが、昨夜したことの影響なのかだるさが勝って、聡士は再びベッドに突っ伏した。  かけ布団を握り締めたまま、しばらく目を閉じてアルフォンスと怜央の談笑に耳を澄ませる。  ── ああ、なんて穏やかで幸せな朝だろう…………。  聡士は、目を閉じたまま微笑んだ。  一瞬また微睡が襲ってきそうになったが、流石に二度寝をする気にはならず、聡士は「えいっ」と身体を起こした。  服を着込んで、台所に向かう。  聡士が台所に入ると、手前側に座っていた怜央の背中が見え、聡士は一気に昨夜のことを思い出した。  自分の恥ずかしい姿を怜央に隅々まで見られたことを。  聡士は一気に顔がカッと赤らむのを感じたが、時すでに遅しで、怜央が聡士の気配に気づき、後ろを振り返っていた。 「 ── は、はよ…………」   聡士はそう小さく呟いた後、口を尖らせた。  どんな顔をして怜央と向き合ったらいいか、わからなかった。  怜央がどんな反応を返してくるのか正直怖かった聡士だったが、怜央は予想に反して普段通りのまま、いやむしろ穏やかな様子で微笑んだ。 「はよ」  そう返され、聡士は益々頬を赤らめた。  何だか、そんな落ち着いた様子の怜央の姿にキュンとして。 「おはようござます、寝坊助さん。朝ごはん、できてますよ」  目の下に青いクマを作っているにはご機嫌そうなアルフォンスにそう言われ、聡士はパチパチと瞬きをする。 「寝坊助? よくそんな言葉知ってんな」 「いつか使ってみたいと思っていたんです。夢が叶いました」 「お前らは何だか寝不足のような顔つきだけど」  聡士は横目でチラリと怜央を見た。  怜央の目の下にも茶色いクマができていた。  アルフォンスと怜央が顔を見合わせて、ハハハと笑い合う。 「なんだよ?」  聡士が小さく顔を顰めて、二人の顔を見比べる。  そんな聡士に、アルフォンスが告げた。 「案ずることはありません。昨夜、私の出生のことを怜央さんにお話したのです」 「ああ…………」  聡士は、表情から力を抜いた。 「三人の間に隠し事はなし。だからこそ、怜央さんにも話しておきたいと考えていましたから」 「そうか………。よかったな、話せて」 「ええ」  聡士が安心したような表情を浮かべると、アルフォンスもまた柔らかい微笑みを浮かべた。 「あ、そうだ! ついでに、私の毎朝のルーティーン、今日から初めてもいいですか?」 「ルーティーン?」  聡士と怜央が、同時に声を上げる。  アルフォンスは「ええ」と頷いた後、聡士達の側に近づいてきたかと思いきや、「Morning, Satoshi」と言いながら聡士の唇に軽いキスを落とし、間髪いれず「Morning, Reo」と怜央の唇にもキスを落とした。 「 ── お、俺もかよ」  面食らった怜央に、アルフォンスは両肩を竦める。 「ええ、もちろん。どちらとも私の大切な恋人ですもの。違いますか?」  アルフォンスの言葉に、聡士と怜央は顔を見合わせて微笑んだのだった。
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