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その後に起きた出来事は、星合自身でも『自分がじぶんで信じられ』なかった。
星合は柳が座る窓際の席へと、少しも迷うことなく真っすぐと歩いて行った。
ティーカップ及びその中身へと注がれていた柳の目が顔ごと動き、星合を見る。
レンズ越しの目が極めてわずかに見開かれた。
その穏やかで、しかも整っている顔が微かに笑った様に思えたのは星合の気のせいだったのだろうか?
――ただの希望的観測だったのだろうか?
柳の口が紅茶を飲むのではなく、話すために開かれる前に星合は言った。
「あ、あの!もしお一人でしたら、ご一緒してもよろしいでしょうか⁉」
柳が言葉を発するまではほんの数秒、瞬きを二回する間だけだった。
しかし、星合には永遠に続くかと感じられる長さだった。
そんな一瞬だった。
柳の口は開かれる前に両端がキュッと持ち上がった。
細い銀の縁の眼鏡の奥の目が細まった。
これは星合の希望的観測などではなく、正真正銘本物の『笑顔』だった。
細長い指の左手が空いている向かいの席を文字通りに指し示した。
「どうぞ」
柳が発したのはたったの一言だったが、星合にとってはそれで十分だった。
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