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夜中でも搭乗者の居る空港は賑わっていた。これからナイトフライトを楽しむ人たちが笑顔で歩いている。千秋は履き慣れないパンプスで保安検査場を目指していた。空港なんて初めて来るから、通りすがりの人に道を聞いたりして、兎に角急いだ。
走るたびに転びそうになるパンプスを脱いで手に持って走る。広い館内を人をよけながら急ぐ。出発時間が刻一刻と迫っていて、もしかしたらもう搭乗ゲートかもしれない。そう思っても走る足を止められない。
渡瀬くん、渡瀬くん、渡瀬くん!
通りすがりの人とぶつかりながら、それでも保安検査場を目指す。目の前に開けた保安検査場に並んでいる人の中に、グレーのトレンチコート姿の渡瀬を見つけた。
「渡瀬くんっ!」
千秋の声に此方を向いた渡瀬に涙が零れる。持っていたバッグも靴も投げ出して渡瀬の胸に飛び込んだ。千秋を受け止めた渡瀬が驚いて声を上げる。
「あっ、綾城さん!?」
「行かないで、渡瀬くん! ううん、行っても良いから、行かないで……っ! わ、私を、置いて行かないで……っ!」
取り残された教室に吹き込んだ風を思い出す。あの時に戻ってやり直しがしたい。今度こそ渡瀬に時間を進めて欲しい。
胸の奥からせり出した涙が喉を遮って全部伝えきることが出来なかったのに、渡瀬はちゃんと言葉をくみ取ってくれた。身一つで胸に飛び込んだ千秋を抱き締めて安心させてくれる。ぽろぽろ零れる涙が止まらない。
「置いて行かない。……もう、絶対に。これからは誰にも邪魔させない」
そう言って千秋を抱き締めた腕を解くと、千秋を床に下した。
「い、行かないって……。でも、飛行機は……」
千秋と渡瀬の周りの乗客は次々と検査場へ吸い込まれていく。当然渡瀬も行かなくてはならない筈で、行かないで欲しいと願いはしたが、行かないという選択はない筈だった。
「落ち着いて、綾城さん。まず、今回は現地の会社との事業のすり合わせに行くだけだから、二週間で帰ってくる」
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