プロローグ

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プロローグ

「君が好きだ。付き合ってください」 そんなことを言われたのは、卒業式の日。真っすぐに私の目を見たその人は、少し耳を紅くして、言葉を切ると唇を一文字に閉じた。 知らない人ではなかった。いや、全校生徒が彼のことを知っている。渡瀬智樹(わたせともき)くん。前代の生徒会長だった。 先生からも生徒からも人望が厚く、成績も優秀。スポーツもそつなくこなして、体育祭ではヒーローだった。 そんな、雲の上の存在の人が、どうしてこんな地味で平凡な私を好きだというのだろう? 驚きの動悸は次第に紅くなる渡瀬くんの頬の色が伝染したみたいに、ただの憧れだった気持ちに加速度がついて一気に恋に向かって走り出す。 「わ……、私……」 手が震えて言い淀んだその時。 「渡瀬! こんなところに居た!」 千秋と渡瀬くん以外誰もいない筈だった教室の扉を開けたのは、生徒会の副会長だった植山遥(うえやまはるか)さん。植山さんは当たり前のように教室に入ってきて、渡瀬くんの腕を取った。 「先生たち、記念撮影してるよ。行こう?」 「あ、……でも……」 「早くしないと、思い出がなくなっちゃう」 行こう、とぐいぐいと渡瀬くんの腕を引いていく植山さん。渡瀬くんは何度も私を振り向いてくれたけど、正直渡瀬くんにこんな地味な子は似合わないと思う。植山さんのような、快活で物おじしない、きれいな子じゃないと、渡瀬くんの隣は務まらない。 教室に一人取り残される。地味で、目立たない、教室の埃と同等の私。 はあ、とこぼしたため息が、思いの外重たく床に落ちてびっくりしている。……きっと、期待しすぎたからだ。 耳にこだまする渡瀬くんの言葉を大事にして、今日、高校を卒業しよう。 四月になれば、新しい生活が待っているんだから、と言い聞かせて――――。
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