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その言葉を聞いて、漸く千秋は体の緊張を解いた。安心してほう、と大きな息が零れてしまった。目じりに溜まっていた涙がぽろりと零れる。それを渡瀬は指で拭ってくれた。
「綾城さんは住み慣れた日本を離れなくても良いと思う。俺は毎日連絡するし、出来るだけ不安にさせないよう努力する。それでも一緒に行ってくれることを選んでくれるなら、俺も俺なりに準備する」
渡瀬が千秋の頬を撫でる。包むように撫でられて、ぬくもりが嬉しいと思ったのはこれが初めてだ。
「ついて行く……。これ以上離れるのは嫌……」
三度目は嫌だ。もう我慢できない。映画のように愛を信じていっときでも別れるなんて絶対嫌だ。
自分の中に、こんなに渡瀬を欲していた気持ちがあったなんて知らなかった。
渡瀬を探して走っていた時より動悸が激しくなる。渡瀬を求める気持ちが、出口を求めて心臓を流れる血の中で暴れ狂って息を苦しくしていた。それに加えて渡瀬が千秋の腰を抱いたままで、間近から見下ろされている。真っ白い明かりの中、走って乱れたであろう髪やメイクが気になってきた。渡瀬の視線から逃れようと俯くと、名を呼ばれた。
「? 綾城さん?」
「ご、ごめん……。見ないで……」
顔を背けようとしたら、逆に覗き込まれてしまって逃げ場がない。
「なんで? 俺を追いかけて来てくれたんでしょ?」
「み、みっともないから……。……髪もメイクも、めちゃくちゃだし……」
「なんで? かわいいよ? 綾城さんにみっともない所なんてないよ」
そう言って、混乱する千秋を宥めるように額にキスをした。
「……っ!!」
突然のことで驚いて赤くなっていると、渡瀬がにやりと笑った。
「綾城さんが慣れるのは待たないから。俺は砂本さんみたいにやさしくないし」
そう言うと渡瀬は千秋の顎をくいと上げて、やわらかい皮膚を唇に当てた。
一瞬の早業で否やを唱える前にもう一度頬にキスされる。
「ちょ……っ、わたせ、くん……っ」
恥ずかしいから、という言葉は継げなかった。嬉しそうな渡瀬の顔に負けてしまう。
「あはは、嬉しいんだよ。このくらいさせて。十年待ったんだ」
そう言って放していた身体を再びぎゅっと抱き締めてくる。千秋も、これからいっときも離れたくないくらいの気持ちだったのに、二週間も会えないことを考えて、渡瀬の腕の力に身を任せた。千秋だって、十年耐えたのだ。その時間を埋めるのに必要な時間は沢山要る。それがこれから無限にあることに喜びを感じて、渡瀬の胸に頬を寄せた……。
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