文学賞に挑戦するまでの話

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文章といっても、 最初に始めたのは、小説ではなくてブログだったのです。 「医者の話ってわかりにくい」 っていう敷居を、どうにか下げたくて発信したブログ。 かれこれ九年間続けました。 読者さんの数も、五万人目前! 興味ある人は、ぜひ訪問してください。 https://ameblo.jp/kyusan0225/ 違う違う 宣伝したいわけでは有りません。 文章力を鍛えられたのは、間違いなくブログを書き続けたからです。 どんな文章が相手に読まれるのか、 徹底的に勉強して、 記事を沢山書いて、 読者さんの反応を見て改善を繰り返すうちに、 自分なりの文章ができてきました。 そして、ブログが大きくなるにつれ、 ネットや雑誌の記事執筆依頼なども舞い込むようになり、 最終的には実用書出版まで仕事が広がりました。 しかし、 そのような仕事をやっていくうちに、 段々と窮屈感を感じるようになりました。 仕事はあるけど 窮屈なんですよ。 医者というのは、嘘が許されない職業です。 患者さんに対してはもちろん、論文を書くときも、果てはネットや雑誌記事も書籍も講演会も……。 嘘を言い始めたら 医者としておしまいなのです。 例えば、色々な知見や論文を調べて、100人に聞いたら95人が正しいってくらいの情報を集めて、噛み砕いて文字や言葉に変換していく。 そうすると、 10個話したいことがあっても、その中から知見として確立していて、皆さんに「この知識は正しいですよ」って自信をもって公的に伝えて良い情報は、感覚的には4個くらいしかありません。 話したいことは多々あっても、公的な媒体で専門家として発信する以上、言い過ぎることはできません。 例えそれが、現在の情報から想像しうる未来だとしても、 将来的に間違いだと分かったら、信用がなくなってしまいます。 さて、そんな特性上、医者の話って結構画一的になってしまいます。 話が難しい。 その割に、くどくどと長い。 スパッと結論を言い切ってくれない。 想像できませんか? 医者独特のわかりにくい説明って、 その仕事の特性上、しょうがないことでもあるのです。 そこが窮屈の原因でした。 医者の仕事自体は、とても面白いのですが、どこか創造性に欠けるところを実感していたのです。 対照的なのが、創造の世界ですよね。 物語は自由です。 私が好んで観ていたのは、テレビドラマでした。
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