魔法

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魔法

「ごめんください」  突然の来訪者に私は心が踊った。  私の新たな魔法によって惹き付けられた人達が、ここ最近こぞってやってくるのだが、私が魔法を使っていることは誰も知らない。  その人達は皆、連絡もなしにやってくるのだが、終始笑顔でこちらとしても全く悪い気はしなかった。  私は玄関ドアに取り付けた、明かり取りの小窓を開けた。 「はい。どう言ったご用件でしょうか」 「突然で申し訳ございません。友人からこちらのお話を伺いまして……私も拝見させて頂けないかと」  一見してとても身なりのよい老婦人が、柔和な笑顔を私に向けた。 「わかりました。大丈夫ですよ、今ご案内しますので」  私は玄関を開け外へ出ると、気品溢れるその老婦人を建物の横にある小径へと誘った。  老婦人は、建物の裏へ着くと息を飲むように口に手を当て微かに呟いた。 「まあ、なんて……素晴らしいガーデンなのでしょう」  町から離れた林間に建つ私の住まい。  その広い敷地に私はガーデンを作った。 「ここの花や植物はなぜ季節を問わず、素晴らしく大きく、艶々と咲き誇っているのかしら……これはもう本当に魔法のよう……」    老婦人は尚も、露に濡れて彩り溢れる花や、香り沸き立つハーブ達に心を奪われているのか、その場から動こうとしなかった。 「ありがとうございます。皆さんそう言って頂けて私としても嬉しい限りです」   「友人から話を聞いたときは半信半疑だったのですけれど、今はもう虜ですわ」  老婦人は顔だけを動かして辺りをゆっくりと眺めている。  私は誇らしさを胸に、興奮気味に言った。 「その言葉で私は何だって出来るのです」  私はガーデンによって、ずっと欲しかった魔法を手に入れたのだ。  人々からの全幅の尊敬、称賛。  これこそが私の追い求めていた、私だけに効果のある本物の魔法。 「奥も見て回ってよろしいかしら」 「結構ですよ。存分にご覧ください」 「こんな素敵なガーデンを造り上げる秘訣はあるのかしら」 「エコロジカルを意識している事でしょうか」 「まあ、そんな単純な事ですのね」  あまり話が耳には入っていない老婦人は、せわしなく、けれどゆったりとした足取りで周りの花に優しく触れていく。  そして満足するまでガーデンを堪能すると、次回来ることを楽しみに冬を越すと言って帰っていった。  私は人の居なくなったガーデンを愛おしく眺める。  このガーデンには、季節に関係なく色とりどりの花が咲き乱れている。  私の魔法のような技術で作ったコンポスト。  それによって出来上がる堆肥がここを造り上げた。  しかしさすがの私も、とにかく困難を極めた。  最終的には元々あったギミックを造り直すところから始めなければならなかったからだ。  高熱である程度処理し、三基ほど作った大型の攪拌器で毎日に撹拌させる為に、地熱エネルギーを利用する。  撹拌を怠ると臭いが再びこもってしまうのだ。  そうして私は、私にしか出来ないだろうことを成し遂げることができた。  自らが振るう魔法。  そして私に与えられる魔法。 「このガーデンは私の心を存分に満たしてくれる」  それによって以前の魔法も使わずに済んでいる。    植物に風が触れ、何とも魅力的な匂いが辺りを満たした。  しかしながら、目下の悩みは肥料となる生ゴミが尽きかけている事だ。    さてどうしたものかと、独りごちた。  
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