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『あーあー、強盗諸君』
銀行のスピーカーから、見知った声が聞こえてきた。セナの声である。強盗達は言い争いを辞め、ぎょっとして銀行の天井を見上げた。
『無駄な抵抗はやめ、武器を捨てて登下校しなさーい』
「それを言うなら、投降だよ」
私は小さく突っ込んだ。
『そうそう、投降投降』
セナは言い直した。
「だ、誰だてめえは?!」
当然の反応だろう、強盗が叫んだ。
『私かい? 私は風邪君マンだ。39度の熱がある』
セナは早く寝た方が良いだろう。
『ともかく、はやく投降して表に出るのだ。さもなければ、君たちの武器は7段階変形するロケットえんぴつのごとく、光が出たり音が鳴ったり、大変愉快なことになるぞ』
ちょっと見てみたいな、と私は思った。隣のリーマンの目が少し期待に輝いた。
「風邪マンだかなんだかしらないが、俺たちに干渉するのはやめてもらおうか。俺たちにものっぴきならない事情があるんでね」
『そうはいかない。そこには私の友人が捕まっているんでね。すぐに開放してもらおう』
「ほほう、そりゃいいことを聞いた。その『友人』とやらに痛い目に合って欲しくなければ、はやく退散するこった」
『やだね。これ以上恥ずかしいことになりたくなければはやく人質を解放するんだ』
セナがそういった瞬間、リーダー各の強盗の頭上に金色の玉が出現した。やった、セナが強盗をやっつけてくれるんだ……! と期待の眼差しで見ていたら、中が割れ、色とりどりの花、紙テープ、『おたんじょうびおめでとう』のビラが強盗の頭上に降り注いだ。強盗は攻撃を受けたのかと一瞬驚いたようだが、頭上に突然くす玉が現れるというドッキリに唖然とした。
『わかったかね。私に逆らうとどうなることになるか』
どうやらセナは、紙吹雪がマイブームらしい。銀行の床が、パーティー会場ごとく派手なことになって来た。
「最近の銀行の防犯システムはどうなってやがるんだ……!」
覆面が七色の紙吹雪で染まった強盗が、銃を構えなおした。丁度その時である。表の通りから、何台ものパトカーのサイレンの声が聞こえ始めた。
セナが、勝ち誇ったように言った。
『さあ、警察がやって来たぞ。ここが年貢の納め時だ!』
しかし銀行強盗はそれでも叫ぶ。
「ふざけるな、俺たちは最後まで抵抗するぞ! 何が警察だ、警察なんぞ怖くねえ!」
『なるほど、そちらがそのつもりなら、こちらにも考えがある。私は猫カフェに行きた…………あっ』
不穏な間の抜けた声のあと、それっきり、セナの声が止んでしまった。一体、急にどうしたのだろう? いくら待っても返事が返ってこないので、私は不安になってきてしまった。
そのとき、銀行の裏口で見張りをしていたのだろう、強盗の一人が、慌てた様子で走ってきた。
「リーダー! 大変です!」
紙吹雪に足を滑らせそうになりながら、強盗は息を切らす。
「裏口から猫が入ってきました!」
「猫? 猫ならほおっておけ!!」
「そ、それが……」
強盗が大きく息を吸い込んだ瞬間、銀行のホールに大量の猫がなだれ込んできた。波のような猫の群れである。キジトラ、黒トラ、シロ、ぶち、大きいの、小さいの、毛皮の波のような群れである。その数、実に百匹以上。ニャーニャーと騒がしい声もする。
まず、銀行の奥の方に伏せていた人質が、猫に踏まれた。次に、付近に立っていた強盗が猫に飲まれた。
そのうち、何百匹もの猫の群れは銀行ホールを飲み込んだ。今や、銀行ホールは強盗ではなく猫に制圧されつつある。
愚かにも銀行強盗は猫に向かって発砲した。しかし例のごとく、銃の中から出てきたのはねこじゃらしだった。猫は一斉にねこじゃらしに躍りかかった。強盗は猫に飲まれた。
私は、これは逃げる絶好の機会だと捉えた。膝の上に乗った猫を断腸の思いで引き剥がし、立ち上がり、足にまとわりついてニャーニャー鳴いてくる可愛いのを無視し、私は出入り口へ急いだ。
猫が肩まで昇ってきた。重い。さらに猫が顔に張り付いてくる。いいにおいがする。私は両手で猫を下ろし、銀行の玄関を開け放った。
銀行の外には、何台ものパトカーが止まっていた。そして、そのパトカーは全て猫に覆いつくされている。
表の通りには、大きいネコ、小さいネコ、野良猫、飼いネコ、長毛種短毛種、さらにはライオンから虎に至るまで、ありとあらゆるネコ科の動物が、思い思いに人間にじゃれてついている。
私はスマホを取り出して、セナに通話をかけた。
「セナ! これはどういうこと!」
『私のせいじゃないんだ』
セナは言い逃れをした。
「嘘ばっかり! セナ、どういうつもりなの!?」
『私は……猫カフェに行きたかったんだ』
<了>
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