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「おはようございます」
僕は例のあの人に向かって、挨拶をした。
朝、人が顔を合わせると誰もがする当たり前のこと。
どこもおかしくはない。至って普通の挨拶。
だが…。
例のあの人は僕の顔を見ると、ただじっと見つめているだけだった。
「あの…、僕の顔に何かついていますか?」
「…」
無視をしているのではない。僕の顔をちゃんと見ているのだから。
ジメジメとした湿気が混じった風が僕達の間を通り抜けると、嫌な沈黙が続いた。
それはとても長く感じ、早くその場から離れたい。
そう、何度か思ってしまった。
その時「おはようございま~す!」と元気な声で誰かがその嫌な沈黙を破ってくれた。
後ろを見ると、昨日からこの職場に入った新人の女の子が笑顔で僕と例のあの人に向かって挨拶をしていたのだった。
女の子は雨に打たれびしょ濡れだった。
「ああ! おはよう! 朝から元気だね?」と例のあの人は顔色を変えて、その新人の女の子に向かって笑みを見せる。
「ええ。でも来る時に雨に打たれて最悪ですよ…。見てくださいよ! もう下着までびしょびしょですよ」
そう言って、新人の女の子は笑った。
「これ使ってよ。風邪ひくといけないから」
と例のあの人は女の子にカバンからタオルをとって渡した。
「ありがとうございます! でも雨で濡れていない二人はいいですよね~」
「着替えてきたら? 事務所に新しい作業着があるし」
僕はそう言うと、その女の子は嬉しそうに「そうなんですか?」と言って事務所に走って行った。
「あの子、朝から本当に元気ですよね。作業着の場所わかるかな? 僕が教えに行った方がいいですよね?」
僕は例のあの人に話かて、彼の顔を見ると、またもや彼は僕の顔をジッと見ていた。
そして何も言い返さない。
それはどこか僕のことをここの仲間と認識してくれていないような感じがした。
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