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焼きたてのマフィンを口実に離れに向かえば、時雨が濡れ縁で猫たちと戯れていた。だが座敷のどこにも日和の姿は見当たらない。
あれから五日。
結宇に宥められた日和は何もしなかったにも関わらず、結局は自分を責めて押入れに籠もっている。座卓に置かれた昼食も手つかずのままだ。
「そろそろ叔母さんが切れそうです」
「日和の好物ばかり作ってくれているのに、箸も付けないんだからなぁ」
父の妹である希美は、非があると判断すれば相手が神であっても叱り飛ばす剛胆な人だ。
「だからそうなる前に、と思って」
マフィンと共に持ってきた空の紙コップを振ってみせる。それだけで、時雨は結宇の意図に気づいてくれた。
押入に近づいて、声をかけても返事はない。声すら届いていないのだ。結宇では襖を揺らすこともできない。
貧乏神の岩戸隠れである。だが結宇に味方してくれる時雨は、日和と同等の神さまだ。
タイミングを合わせ、時雨が開いた襖の隙間に、マフィンと紙コップを乗せた盆を押し込む。襖はすぐに閉ざされたが、紙コップの底に付けた糸はこちらに繋がっている。
「そろそろ顔を見せてくれないと、寂しいです」
糸を張り、手元に残した紙コップに向けて話しかける。昔ながらの糸電話。子供の頃は日和が押入れに籠もるたび、こうして話しかけたものだ。
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