第二章

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 経営なんて結果がすべてだから、その点で元は成功者なのだろう。好き勝手やっているようでも、ちゃんと結果を出している。 「今日はめずらしく早く上がれると思ったのに」  本日最後の担当にかかり、カラーの待ち時間で入口をのぞくと、なにやら若い男の子と困った様子のアシスタントが話している。 「なにかあった?」  油断すると威圧感を与えてしまうタイプを自覚している白臣は、努めてソフトに聞こえるようトーンを抑えて聞いてみる。  その男の子は元の知り合いだということだった。約束をしていたのに、元が帰ってしまったから困惑しているらしい。 「お客様……行き違いがあったようで大変申し訳ありません。坪井に連絡を取ってみますね」 「あっ……だ、大丈夫です。俺、うっかりしてて携帯も忘れちゃったし…………出直しますので」  今にも泣きそうな声なのに、文句も言わず帰ろうとする様子につい引き留めてしまった。  そのうつむいた顔をのぞき込みはっとする。心臓が、ドクンと跳ねる。  ――――不二夫だ。  この世で初めて会う不二夫。  二十歳前後だろうか、喫茶店で匿っていたときと同じくらいの年齢に見える。もちろんこの時代に合った今風の男性だが、その容貌もどことなく似ていた。  元とはどういう関係だ? あいつ男もいけるのか? それにしては年が離れ過ぎだろう。  不二夫に会ってしまったことで、白臣も混乱しているらしい。  元の人間関係に関わったって、ろくなことにならなそうだとわかっているのに、引き留めてしまった手前がある。それに元がアポをすっぽかす程度の間柄なら、自分が代わっても問題ないだろう。 「今日はどのようなコースを希望されていましたか? もしご迷惑でなければ、私が担当させていただきます」 「えっ……いいんですか?」  白臣の申し出に意外にも素直に反応した。席はあるし、スケジュール的には最後のお客様と並行して問題ないので、アシスタントに目で合図をすると、すでに準備に取りかかっている。 「坪井の代わりとして、責任持って務めさせていただきますね」 「……助かります。バイトの関係で、そろそろカラーしなきゃいけないくて」  聞いてみると、カフェのバイトだが落ち着いた雰囲気の店なので、退色した髪色を落ち着かせたいそうだ。 「店長……お店はそんなに厳しくないんですけど、いつも休みとか融通してもらってるから……」 「できることには応えたいですよね」 「そ、そうです!」 「こちらのカラー剤はブリーチしないでカラーリングできるので、傷みも軽減できるし、色落ちも黄色味が出づらいのでおすすめですよ」 「じゃあ、それにしてください」  不二夫は二十一歳のフリーターで、今は先程話に出たカフェで働いているらしい。髪質は、太くはないがわりと剛毛で、毛量も多い。少し痛んでいる箇所もケアすればツヤが戻るだろう。 「癖が少しあるけれど、それでセットが楽になる得なタイプですね」 「あっ……はじ……坪井さんにも言われたことがあります」  なんだか嫌な予感がした。  経験上、そういう予感は残念ながら外れない。以前からどうも元を好きになれない理由が解明できた気がする。きっと思った通りのことが起こってるのだろう。それがいつも人間としての白が体験する嫌な因果だ。  ただ今回、相手の男が誠実でなさそうなところがひっかかる。 「いかがですか?」 「うわー……落ち着いていい色ですね。きれいにしてもらってありがとうございます」  カラーとカットを終え合わせ鏡をあてると、不二夫はうれしそうに声を上げた。カット前のかわいらしさは少し抑えられ、透明感がありつつも深い茶の髪色で、落ち着いた雰囲気になっている。 「童顔だから未成年に見られることも多くて……だから大人っぽくなってうれしいです」 「それはよかったです」  自然と笑みがこぼれた。隣でドライヤーを手伝っていたアシスタントが一瞬驚愕の表情を見せる。この聡いアシスタントには、多分普段の作り笑いを見破られているからだろう。  白臣の施術でもこんなにうれしそうにするのだから、元が担当してあげたらもっと喜んだだろうに。と、苦々しい気持ちになった。
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