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◇◇◇
「白臣さん!」
不二夫は案外近くに住んでいるらしく、それからたまに見かけるようになった。元とはやはりつきあっているようだ。
代わりとはいえ、髪を整えたことで懐かれたようで、顔を合わせるとにこにこと話しかけてくる。
「今日はお休み?」
「あ、はい……」
うちも店休日なのに、元と一緒にいないところをみると、なんとなく元気がないのもうなずける。
「あの人、元気にしてますか? 元さん」
「元気だけど……会ってないの?」
前に元とどういう関係か聞かないのか? と問われた。
白臣にとってはいつも不二夫に男の恋人がいることはあたりまえで、あえて聞く必要もなかった。しかし不二夫にしてみればそんな事情は知らないから、男同士の関係を詳細に探ってこない白臣がめずらしかったらしい。
「そんなにみんな詮索してくるのか?」
「結構露骨にきますよ。特に俺はナメられやすいみたいで。普段男女のカップルにはそういうこと詮索しないのに、エグい質問してくる人もいたり……なんででしょうね」
性の多様性だとか、LGBTQ+への理解とか叫ばれて久しいけれど、現状なんて未だこんなもんだ。
男とか女とかどっちでもないとか、そんなのどうでもよくないか? 誰が誰を好きになったって勝手だろう。
不倫だって当事者の問題で他人は関係ない。頼まれてもいないのに、周りが口を出すからおかしなことになる。
死神として俯瞰していたときは愚かで面白かった人間の習性も、目の当たりにすると馬鹿馬鹿しすぎてうんざりする。
「白臣さんは恋愛関係うまくいってます? 美容師さんってモテますよね」
「つきあうとか、そういうのはないな。興味ない」
「あっ、そうか……そうですよね、人それぞれだし」
不二夫が慌てている。
「すみません、自分はいろいろ聞かれたくないとか不満をいいながら……恥ずかしいです」
「まあ、オーナーは典型的な感じだもんな」
「そうですね。元さんは黙ってても次から次へと人が寄ってきますから……」
「いいのか? それで」
「えっ」
聞かずにはいられなかった。他人には干渉しないと決めているのに。
「その、好きな相手がそういうやつでも」
「一応、最後は帰ってきてくれるから、いいのかなって」
「そう」
愛を育むふたりを見るのが常だったのに、今までとは違う。
不二夫を苦しめる男が相手だと、どうしても目をそらしてはいられなくなる。元はまともにならないだろうから、早いところましな相手をみつけてもらわないと、困る。
「あいつの髪、整えてくれたんだってな」
休憩がかぶるなんて年に一度あるかないかの運の悪い日、元がそう切り出してきた。
「あいつって?」
「不二夫だよ。悪かったな、外しちゃってて」
「いえ、たまたま手が空いていたので」
わざとだろうが、と思ったが気づかないふりをする。余計なことを言おうものなら、後々面倒なことになるからだ。
「でも喜んでたぜ。落ち着いた色とスタイルで、子どもっぽくみられなくなったって」
「そうですか」
本来は元がするべきことでは? とでも言ったほうがいいのか。
だがこういう男は、自分のものを大切にしないくせに、他人が興味をもったらおかしな執着をみせる。たとえそれが勘違いだとしても、雇われているうちは面倒を起こしたくないのでやり過ごすことにしている。
「ああいうの、どう思う?」
「どう思うとは?」
「オマエ、女に興味ないだろ? でも不二夫とはちょくちょく話すらしいじゃないか」
「見かけたときに立ち話をするくらいです。そもそも不二夫くんはオーナーとつきあっていると聞きましたけど」
「そうなんだけどさ、最近はもう面倒くさくて」
「いい子じゃないですか」
「だからだよ。従順すぎてつまんない。そのくせ口には出さないけど、褒めて、愛してが透けてきて、息苦しくてよ」
「……ぶっ殺してーな、クソが」
「ん?」
「いや、なんでもないです」
ある意味感心した。感情が乏しい元死神にこれ程まで、殺意を抱かせるのだから。
なんでこんなやつという思いがまた募ってくる。いつになく不二夫との距離が近すぎるからだろうか。調子が狂う。
仕事で尊敬しているとはいえ、一度抱いた嫌悪感は拭えない。その後も表面上は何事もなかったが、心の中では罵倒する日々が続いた。
元は鈍くないから白臣の変化を察しているだろう。そして、そんなトップふたりのピリピリムードが店によい影響を与えるわけがない。
しばらくして療養中の母が亡くなったことを機に店を辞め、この地を離れることにした。
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