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死神時代、喫茶店が活動の拠点になる前は、白も冥界と下界を頻繁に行き来していた。
ある日下界のある場所で、思わぬトラップにかかってしまった。
普段ならありえないのだが、風化寸前の古い呪いのようなもので、まったく目立たなかった。取るに足らないことだと思ったのは一瞬で、それはシンプル故に強力だった。
おそらく古代の、人に忘れ去られた神のような存在が仕掛けたのだろう。
「どうしたの?」
頭上から声をかけられ、白は自分が膝を抱えてうずくまっていることに気づいた。ふたつの膝小僧は驚くほど小さい。見上げると、学生服の男の子が心配そうにしている。
「迷子かな……困ったな」
膝小僧だけでなく、掌も、足もすべてが小さい。すぐに己を俯瞰すると小さな――人間の子どもみたいな姿になっていた。
なぜあんな古い呪いに、などと後悔しても遅い。まだノルマが残っているし、いち早くこの局面から脱出しないと面倒なことになる。
「迷子ではない、ほんの少ししくじってこんな有り様になっているだけだから、受け流して欲しい」
一応気を遣って下手にでて頼んでいるのに、男の子はぷっと吹き出した。この子は頭が未熟すぎて、話が伝わらないのだろうか。
「シャツが破けちゃってるね。あんまり汚すとお母さんに叱られちゃうよ」
洗濯してなくて悪いけど、といいながらリュックから出したジャージを着せられた。
「もうそれ、小さくなっちゃったところだから、返さないで捨てちゃってね」
自分だって生まれたての赤ん坊と大差ないくせにと、子ども扱いしてくる男の子にムキになる。いろいろとかわすことができず、能力まで劣ってしまったみたいだ。
「きみは難しい言葉を知っているんだね」
「当然だろう、俺には知らない言葉などないからな」
「ふーん、すごいね。あ、お兄ちゃんの名前は不二夫っていうんだ。きみは?」
早く花あたりに助けを求めないと、玉湾にでもみつけられたら大きな借りができてしまう。
だが不二夫はなかなか去っていかない。焦燥するがふと、周りに同じ学生服の男の子数人が立っているのに気づく。
「俺は白だ。ところで、あれらは仲間ではないのか? なぜお前を遠巻きに見ている? そばにいけばいいのに」
「いいんだ。嫌われているから。俺がいっても迷惑がられるだけだ」
「なぜだ?」
「俺は、人とは違うから。男なのに男が好きだからって広められて、みんなに気味悪がられてる」
「それのどこがいけない? お前は誰かを攻撃したり、傷つけたのか?」
「してないけど、本当のことだし…………えっ本気で言ってる?」
「人間が命を紡ぐ時間など、たかが一瞬のことだろう。目一杯生きないでどうする。誰が誰を好んだってよいではないか。宇宙の流れからしたらチリにも満たない些末なことだ」
「白くんて子どもじゃないみたい。俺、幽霊でも見ちゃってるのかな……なんて。みんなが白くんみたいな人だったら、気が楽になるのにな」
「皆そうではないのか?」
「…………そういうふうに思う人、少ないかもしれない」
「わからんな。同じ人間だろう」
「人間だからこそじゃない? 理解できないものは排除したいんだよ。怖いから……って、あれ? なんで白くんにこんな語っちゃってるんだろう」
「どのような言葉を尽くせばよいかわからぬが、不二夫にはとにかく世話になった」
「別に、ありがとうでいいんじゃない。普通に」
「そうか、普通とはそういうものなのだな。それならば……ありがとう。ジャージとは動きやすくてよいものだな」
「…………ごめん」
「なんだ」
「普通ってなんなんだよって、普段から人より絶対考えているはずの俺が、普通を人に押しつけるなんて……」
「かまわんさ、人ではないからな」
「えっ?」
「申し訳ないが、少し記憶を操作するぞ」
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