第二章

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「狭間の喫茶店はどうなってる?」 「僕が留守の間は、(こん)に任せています。店のこと、心配してくれてるんですか?」 「一応関わった場所だからな。紺って比較的若いやつだよな。死神一感情がないと噂の」 「白さんは会ったことなかったんでしたっけ? 紺は人間でいうところのサイコパスっていうんですかね。良くも悪くも超合理主義で機械的に捌いてくれるから、白さんや僕よりずっと、客の回転がいいです」 「回転がよければいいというものでもないだろうが」 「白さん、案外人間の言い分を尊重するから、入店したまんまの人、多かったですもんね」 「それより、不二夫の相手はまだあらわれないのか? 前の相手は不実なタイプで、お世辞にもいい男とはいえなかったから心配なんだ」 「でましたね、過保護グセ」 「不二夫の相手はいつだって、包容力があって、不二夫を大切にするいい男だったんだ。それは毎回変わらないはずなんだが」 「それはそうなるよう、玉湾様が仕向けてたからでしょう?」  心の底から呆れた顔をされるが、そんなことにはかまっていられない。 「俺の相手をするくらい暇なんだろ? つまらないことに首を突っ込んでいるのなら、なにか知らないか?」  涅の瞳が怪しく光る。人間の状態だと、本気を出した涅の眼光は猛毒でしかない。正面から見据えないよう視線をそらす。 「もしかして……気づいてない感じですか? 不二夫の気……いや、ま……いっか」 「なんだよ嫌な笑い方して」 「いや、白さんてマジモンのバカなんだなって思っただけです。ところで、今回白さんの管轄が玉湾様ではなく、第一閻魔の玉秀様になってることはご存じですか?」 「は?」  まったく聞いたことがないし、突飛すぎて想像したこともない。 「やっぱり……今まで誰も教えてくれなかったんだ」 「今生で死神に会ったのは、お前が初めてだ。それより本当なのか?」 「人間にそういうの伝えると、死神のペナルティになるんですよ」 「当然知っている。だが言い出したのはお前だろう」 「まあ、玉秀様は玉湾様よりさらに忙しいから言ってもバレないかな……事実です」  玉湾の息がかかっていない人生――そんなものがあるとは。  前回高校生だった白は、不二夫をかばい車に轢かれて死んだ。  唐突な出来事だったから玉湾の手入れが遅れ、その隙に白の魂は通常通りの判定に回ってしまった、という経緯らしい。 「クソみたいな人生って、思ってたんじゃないですか? ずっと」 「そりゃあな。玉湾の下にいるよりマシだが、人間なんて面倒くさいだけだ。何度も何度も……もううんざりだ」  ――そうだ。ずっと考えないようにしていた。期待なんて、一度目の人生からしたことがない。  死神としてたくさんの愚かな人間を案内した経験から、それが絶望しないための最大の防御だと知っているから。 「リミッターを外した白さん、見てみたいな。色とか欲に忠実になって溺れるとか、めっちゃ人間臭い感じの」  所詮低体温の死神になにを期待しているのだろう。  しかし玉湾に看過されたことが、自分の人生にどう影響するのかには興味がある。いつもと違って首をかしげる出来事が多いのも、それが関係しているのか? 「これを機に人間らしく人生とか、しあわせについて考えてみたらどうですか? 僕でよかったら、いつでも指南しますよ」 「いやに楽しそうだな。人の人生をかき回すのが快感か? 何を企んでいる」 「別に。諸々の手続きを終えて落ち着いちゃうと、喫茶店勤務って思ったより退屈なんですよね」 「退屈より出世を選んだのは、お前自身だろ?」 「そうだったはずなんですけど、それは白さんのせいかも」 「え?」 「やっぱり諸先輩方にくらべると青かったのかな、僕。ってわけで今、社会見学も兼ねていろいろまわってます」  人間界を観察することを手始めに、見聞を広めて次の野望をみつけるそうだ。死神は皆個性的だが、中でも涅は掴めない部分が多い。 「やっぱり変なやつだなあ」 「死神に落ち着くまで、ずっと泥水飲んで這いずり回ってきたんですよ、僕」  涅の仄暗い視線が、ぐっと鋭くなる。深い色ながら透明感を持った瞳の色が濁り始めた。それは涅が昔を思い出すときの、よくない兆候だ。 「僕とは対極の色を持って、死神のエリート街道を突っ走ってきた白さんには、僕の気持ちなんて、わからないでしょうね」 「わからんな」  こうなったときの涅には、その場しのぎのごまかしなどきかないから、正直に返した。  それに、死神になるような奴は皆、程度の差はあれ苦労を重ねている。涅だけが大変だったわけではない。 「そっけないな。それでも、あなたは僕の出自とか関係なく、叱ったり褒めたりしてくれたから、僕なりに恩返ししたいなって思っただけなんで」 「それで情報解禁というわけか」 「そうです。まあ、せいぜい人生楽しんでくださいよ」
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