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「白臣さん、聞いていますか?」
「ああ……ごめん」
「お休みが合うの久しぶりで、つい誘っちゃったけど……もしかしてお疲れでしたか?」
最近ランチ営業を始めたビストロの店内。いつもなら素材のから調理法の話まで、いろいろ想像しながら会話が弾む食事のはずなのに、ところどころ上の空になってしまった自覚がある。悪いのは自分なのに、すまなそうな不二夫の様子に慌てて首を振る。
今までとは違う、玉湾に縛られない人生。
まだ実感はないが、それが本当だとすれば、玉湾に操られることなく、自由に生きられるのだろうか。涅が現れてからずっと、そのことを考えていた。
「ごめん。ゴタゴタが続いててちょっと参ってただけだよ。でも不二夫くんの頑張ってる話を聞いたら、俺も初心に返らなきゃって元気でた」
「俺なんてそんな……どんくさい分、がむしゃらにやるしかないって思ってるだけで」
「それがすごいんだから、胸を張っていいんだ。俺はそういう不二夫くんを尊敬してる」
「白臣さんにそんなこと言われたら、なんか照れます」
困ったり、はにかんだり、くるくる変わる表情に、いつも吸い込まれそうになる。
不二夫とは兄のように接する友人関係が続いていた。ともに過ごすたまの休みは、白臣にとっていい気分転換になる。
目標に向かって努力する毎日を応援しているが、あまりに忙しくて身体を壊してしまわないかだけが、心配だ。
「大丈夫です。今までがダメダメな生活だっただけだし、これでも結構身体は丈夫なんで」
そういうふうに楽観視して、ある日突然死んだ人間を何人も見てきた。若いからといって過信はよくない。
そう真剣に伝えたのに、笑われてしまう。
「白臣さんてお母さん? 違うな、おじいちゃんみたいです」
「……本当に、心配なんだ」
不二夫が元気でいてくれなきゃ困る。夢を叶えることも大切だが、早く愛する人を見つけて、しあわせそうに笑う姿をみせてくれないと、安心できない。
「うれしいです、俺のことそんなに心配してくれるなんて」
不二夫は言葉とは裏腹にわずかに曇った顔を見せた。そして幾度も「よく休んでくださいね」と言われ、ランチ後はコーヒータイムも取らず、早々に別れた。
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