第二章

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「もうお迎えか? 思ったより早いな」 「なあに、それ。投げやりだわね」 「死にゆく人を導く。本職だろう? 碧」 「秒でバレてるし」  涅に続いてそれほど期間を空けずに、今度は碧がやってきた。  トレードマークのマッシュヘアを刈り上げ気味にしているのはいい。今のトレンドだから。 問題は色で、見事なまでのストロベリーブロンド。なぜ死神仕様時より派手にする。せっかく碧色のスーツをやめてもこれじゃ意味がない。  長身で美形なのは変わらないから、並んで歩くのを躊躇うほど目立ちまくっている。 「どうせイメチェンするなら、とことんやりたいでしょ。あ、気に入らないっていうなら、今度はスタイリストの白臣さんに染めてもらおうかな」 「断る。で、俺は死ぬのか?」 「まさか。前回迎えにきたのオレでしょ? 白のお迎えってレアだから競争率高いもん。そうそう続けてこられないよ」 「じゃあ、なにしに来たんだ」 「今回白が面白いことになってるって小耳に挟んだから、冷やかしにきた」 「お前も暇なのか?」 「まさかー、大忙しの合間にわざわざ会いに来てるの! そうそう、今生の不二夫も見てきたよー。かわいいね。キラキラで、いきいきしてて、健気で……白のどタイプじゃん」 「は?」 「あ、なんでもないよ。自覚ないもんね。バカだから」 「わざわざ嘲笑しに来たのか?」 「白くーん。愚直もそこまでいくと、嫌みだっていってんの。だから不二夫にも愛想を尽かされるんだよ」  道端で話しているだけなのに、いつのまにか人が集まっている。  妖しい魅力のある異端の姿に引き寄せられ、思わず足を止めてしまうみたいだ。白臣は碧の手を引いて、地下のバーに避難した。 「なになに、おごってくれるの?」 「好きなもの頼んでいいから、教えてくれ。碧なら知っているんじゃないのか?」  なにもかもお見通しなくせに。もどかしくてイライラする。  運命を人に教えるのがコンプライアンスに引っかかるっていうのなら、思わせぶりに姿を現すのをやめてほしい。 「いつも不二夫にはいい相手がいるんだ。なぜあんなに頑張って生きているのに、それが出てこない? もう二十三だぞ」 「そうだね。最初の不二夫だったらとっくに恋人に出会って、死に別れて、自死した歳を過ぎてるもんね。だけど本当にわからないの?」 「わからないから聞いてるんだっ!」 「だったら聞き方を変えようか。不二夫の気持ちがどこにあるのか、考えたことはないのか?」  いつになく真面目な様子で碧に問い詰められる。気持ちとはなんだ。  そういえば自分はただ、不二夫がしあわせになってくれればとしか、考えたことがない。  夢を持って頑張っていることは知っている。だけれど不二夫が望むことや、想う人がいるかなど、なにも知らない。 「今の不二夫は、喫茶店にいたときみたいなお前の操り人形じゃない。ちゃんと心があるんだ」  知ろうとしなかったのは多分怖かったから。だから無意識に考えないようにしていた。  あの日芽生えた感情はむくむくと膨れ上がり、破裂寸前になっている。  しあわせになってほしいと願いながら、そんな相手など永遠に出てこなければいいと思っている自分がいる。この気持ちはなんなのか。そして不二夫の気持ちは? 「もしかして、なんか煮詰まってる? めずらしいな」  バックヤードでカラー剤を練っていると、北条がからかってきた。 「まあ……俺ってバカらしいし。仕方ないです」 「ははっ、やさぐれてんなあ。これは仕事のことじゃないね」 「いつもそうですけど、うまくいかないことばかりで……なんか北条さん、ウキウキしてます?」 「今すっごい楽しいかも。草園はいつも私生活見せてくんないから」 「……ひどいな。真面目に悩んでるんですけど」 「ごめんって。でも楽しいっていうか、安心したのかも。草園も普通の人なんだって」  浮世離れしている、とはいつの世でも言われる白臣の代名詞みたいなものだ。実際常識や決まりごとなんかに囚われないのだから当然なのだが、北条の印象もそうだったのだろう。 「なんですかね。しあわせとか、好きとか」 「哲学的だなあ。でもそんなのしっかりわかってる人の方が少ないんじゃない?」 「そうですかね」 「もっとシンプルでいいんだよ。この人と一緒に食べるご飯は、いつもよりおいしいなとか、もっと一緒にいたくて、帰りたくないなとか、そういうの思ったことない?」 「…………」 「今頭に浮かんだ人、いるでしょ」  北条がにっこりする。なんだか嵌められた気分だが、おかげでクリアになった気がする。 「打ち明けてくれて、うれしいよ」 「別になにも打ち明けてませんけど」 「いいからいいから」  それから予約以外の明日以降でよい仕事は全部後回しにした。  少しでも早く切り上げられるよう、最善を尽くす。気が逸るほど、余計に手際よく進められなくて、余裕のなさを実感していると後輩が声をかけてきた。 「草園さん、あとは俺らだけで大丈夫なんでいいですよ」 「え? でも俺今日当番……」 「いいって、急いでるだろ?」  北条まで参戦してきて、なんだか追い出されるような勢いだ。 「少しくらい弱みを見せた方が、下だってやりやすいんだぜ」 「ありがとう……ございます。じゃ、お先に上がります」
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