第二章

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 震える手をゆっくり近づける。抱きしめると、不二夫が囁くようなため息を吐いて身体を預けてきた。  夢のようとはまさにこのことだ。腕を回した瞬間体温が上がって、周りの音が聞こえなくなる。 「白臣さん」 「うん」 「好きです」  俺も――俺だってずっと焦がれていた。本当は。  だけれど白臣には万に一の可能性もないのだから、なかったことにしていた。  心の奥深くに閉じ込めていた気持ち。 「好きだ……不二夫」  薄く開く不二夫の唇に触れた。信じられないほどの甘い感触に瞠目する。  髪に指を埋めて手繰り寄せ、夢中になって何度も口づけた。気づけば不二夫を押し倒し、上から見下ろしている。荒い息がおさまらない。 「白臣さん?」 「…………ひとつになりたい、お前と。でも、どうすればいい?」  本当に知らないんだ。気持ちが通じたあとのことなんて。  まさか、そっと触れるだけで胸が締めつけられて、破裂しそうになるなんて。 「……教えてくれ。初めてなんだ、なにもかも」  情けない懇願に不二夫の顔を見ることができない。恋ごころに背を向けてきたツケが、ここにきてのし掛かってくるとは。 「えっ……」  温かな手が頬に触れ、指先でやさしく撫でられる。目の前の不二夫は微笑んでいるが、瞳には涙が溜まっている。 「そんなのずるいよ、白臣さん……」 「不二夫?」 「前に言ってくれたでしょう? 俺には必ず最高の相手があらわれるって」  よく覚えている。あの時は純粋にそう思っていた。それがいつもの決まりごとだったから。 「うれしかったけど、それって白臣さんの世界の住人に、俺は入ってないんだなって」  不二夫の人生に自分を絡めないことは、不二夫からするとそういった解釈になるのだろう。もし好意を持っていてくれたのなら、それは甘さを持った突き放しになる。  これでは涅や碧にバカだと罵られても仕方ない。  流れ落ちる不二夫の涙を拭うと、強く抱き寄せられた。 「だからすごくうれしい。ますます好きになっちゃうよ……いいんですか? 俺なんかで」 「不二夫がいい」 「……うん」 「不二夫以外なんて、未来永劫ありえない」  密着したまま、セーターを脱がされる。お返しに不二夫のパーカーを脱がすと、ふふっと笑われ、またキスをする。  互いに一枚一枚はぎ取って、着ているものがなくなった。 「今でも信じられないです。俺のこと好きになってくれるなんて」 「それ、そっくり返すよ」  何代同じことを思っていると思うんだ?  首筋に唇を這わせる。短く息を吐いた不二夫の喉があらわになると、たまらずまた、顔を埋めた。  生理的な処理とは違い、気持ちと共に変化する身体の中心を意識すると、細い指にそっと握りこまれた。 「待って……やばい」  耐性ゼロの身体はもはや暴発寸前だ。 「だいぶ慣らしたから、大丈夫です。もう……きてほしい」  導かれるまま不二夫の中に入る。叶うはずがなかった、奇跡の人生。  幸福に押しつぶされて、死んでしまいそうだ。  朝、目が覚めても腕の中に不二夫がいる。未だ信じられない思いで、不二夫の寝顔を眺めた。  慣れない仕草で抱き寄せると、猫みたいに伸びをして、白臣の胸に顔を埋めてきた。  愛おしくて、ずっとこうしていたいと思う。  仕事に行きたくないほどの理由ができたのは初めてのことだ。何度も髪を撫で、梳いていると、また笑われた。 「起きてたの?」 「くすぐったいよ、白臣さん」  この時が永遠に続けばいいのに――。  人々が使い古した、それはもうありきたりな言葉を実感する。 「……不二夫」 「はい」 「これからずっと、不二夫の髪は俺に切らせて」  すぐに返事がないので、重すぎる告白だったかと後悔した頃、不二夫がぎゅっと飛び込んできた。嗚咽で身体が揺れている。 「……はい、お願いします」  しばらく抱き合っていると、やっと口を開いてくれた。くぐもった涙声にまた、愛おしさが募り、口づけた。 「白臣さんは、俺が作ったお菓子以外も食べていいですからね」 「えっ、どうして? 食べないよ」 「だめです。そしたら一緒にお店巡りできないです」  不二夫となら、甘いお菓子を食べるのも悪くない。自分には縁遠かったものがたくさん、大切なものになる。
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