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震える手をゆっくり近づける。抱きしめると、不二夫が囁くようなため息を吐いて身体を預けてきた。
夢のようとはまさにこのことだ。腕を回した瞬間体温が上がって、周りの音が聞こえなくなる。
「白臣さん」
「うん」
「好きです」
俺も――俺だってずっと焦がれていた。本当は。
だけれど白臣には万に一の可能性もないのだから、なかったことにしていた。
心の奥深くに閉じ込めていた気持ち。
「好きだ……不二夫」
薄く開く不二夫の唇に触れた。信じられないほどの甘い感触に瞠目する。
髪に指を埋めて手繰り寄せ、夢中になって何度も口づけた。気づけば不二夫を押し倒し、上から見下ろしている。荒い息がおさまらない。
「白臣さん?」
「…………ひとつになりたい、お前と。でも、どうすればいい?」
本当に知らないんだ。気持ちが通じたあとのことなんて。
まさか、そっと触れるだけで胸が締めつけられて、破裂しそうになるなんて。
「……教えてくれ。初めてなんだ、なにもかも」
情けない懇願に不二夫の顔を見ることができない。恋ごころに背を向けてきたツケが、ここにきてのし掛かってくるとは。
「えっ……」
温かな手が頬に触れ、指先でやさしく撫でられる。目の前の不二夫は微笑んでいるが、瞳には涙が溜まっている。
「そんなのずるいよ、白臣さん……」
「不二夫?」
「前に言ってくれたでしょう? 俺には必ず最高の相手があらわれるって」
よく覚えている。あの時は純粋にそう思っていた。それがいつもの決まりごとだったから。
「うれしかったけど、それって白臣さんの世界の住人に、俺は入ってないんだなって」
不二夫の人生に自分を絡めないことは、不二夫からするとそういった解釈になるのだろう。もし好意を持っていてくれたのなら、それは甘さを持った突き放しになる。
これでは涅や碧にバカだと罵られても仕方ない。
流れ落ちる不二夫の涙を拭うと、強く抱き寄せられた。
「だからすごくうれしい。ますます好きになっちゃうよ……いいんですか? 俺なんかで」
「不二夫がいい」
「……うん」
「不二夫以外なんて、未来永劫ありえない」
密着したまま、セーターを脱がされる。お返しに不二夫のパーカーを脱がすと、ふふっと笑われ、またキスをする。
互いに一枚一枚はぎ取って、着ているものがなくなった。
「今でも信じられないです。俺のこと好きになってくれるなんて」
「それ、そっくり返すよ」
何代同じことを思っていると思うんだ?
首筋に唇を這わせる。短く息を吐いた不二夫の喉があらわになると、たまらずまた、顔を埋めた。
生理的な処理とは違い、気持ちと共に変化する身体の中心を意識すると、細い指にそっと握りこまれた。
「待って……やばい」
耐性ゼロの身体はもはや暴発寸前だ。
「だいぶ慣らしたから、大丈夫です。もう……きてほしい」
導かれるまま不二夫の中に入る。叶うはずがなかった、奇跡の人生。
幸福に押しつぶされて、死んでしまいそうだ。
朝、目が覚めても腕の中に不二夫がいる。未だ信じられない思いで、不二夫の寝顔を眺めた。
慣れない仕草で抱き寄せると、猫みたいに伸びをして、白臣の胸に顔を埋めてきた。
愛おしくて、ずっとこうしていたいと思う。
仕事に行きたくないほどの理由ができたのは初めてのことだ。何度も髪を撫で、梳いていると、また笑われた。
「起きてたの?」
「くすぐったいよ、白臣さん」
この時が永遠に続けばいいのに――。
人々が使い古した、それはもうありきたりな言葉を実感する。
「……不二夫」
「はい」
「これからずっと、不二夫の髪は俺に切らせて」
すぐに返事がないので、重すぎる告白だったかと後悔した頃、不二夫がぎゅっと飛び込んできた。嗚咽で身体が揺れている。
「……はい、お願いします」
しばらく抱き合っていると、やっと口を開いてくれた。くぐもった涙声にまた、愛おしさが募り、口づけた。
「白臣さんは、俺が作ったお菓子以外も食べていいですからね」
「えっ、どうして? 食べないよ」
「だめです。そしたら一緒にお店巡りできないです」
不二夫となら、甘いお菓子を食べるのも悪くない。自分には縁遠かったものがたくさん、大切なものになる。
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