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「不二夫?」
普段冷静な白の声音が、やや心配を孕んだものになっている。
死神の面々も、接する機会が増えると心の機微が多少わかるようになる。白とは特に一緒にいることが多いから変化もわかりやすい。
カウンターに戻ってからずっと上の空だと指摘された。だが今はそれどころではない。
「白さん! 俺……」
なにか、忘れていることがあるような気がする。ずっと靄がかかったままの頭にチカチカとなにかが訴えてくる。
あの男性ふたり――彼らの関係が、不二夫の胸をざわつかせた。
今までだって同性の恋人同士を迎えたことはある。特段変わったことではない。だけれどなにかが違う。
「俺、なにか大切なことを忘れているような気がする。俺っ、会わなければいけない人がいるんじゃ……」
「落ち着け、不二夫」
これが落ち着いていられるか。思い出さなければいけないことが、ここまで迫っているはずなのに。
「白さん、なにか知ってるんですか? 俺って死んでるんですよね。なんで他の死んだ人みたいにここを通過しないでずっといるんですか」
白につかみかかり、揺さぶって必死に問いかけても返事をしてくれない。答えに詰まる白をみるのは初めてで、ありえない様子になぜかいらだちが募ってくる。
「判定を受ける前に、俺は誰かに会うためにここにきたのではないですか? 答えてよ、白さん!」
「そろそろ潮時なんじゃない? 白」
ふと割り込んだ声の主は花だ。
このところ言葉を交わすこともままならない程忙しそうにしていたから、きちんと顔を合わせるのは久しぶりだ。
「不二夫のこと、こっちでももう隠しきれなくなってきているわよ。私もできる限りごまかしたつもりだけれど、タイムオーバーみたい」
「……そうですか」
「よりによってあなたのことが大好きな、玉湾様に知られてしまったわ」
はっとして固まる白を冷たく見上げると、花は小さくため息をついて不二夫に向き直った。
「不二夫、あなたが会うべき人は、ずっと店の中にいるわよ。ついてきて」
「えっ……」
思わず白を振り返るが立ち尽くすだけでなにも言ってくれない。
すでに普段通り表情をなくした姿からはなにも読み取ることができない。もう不二夫を見てくれない。
さりげないけれどいつだって白は、不二夫を気にしてくれていた。だから突き放されたようで不安な気持ちになる。
「白に同情はしなくていいわよ。このことは、あの子のエゴでやったことなんだから」
「エゴって……どういうことですか?」
「まあ、あなたを待っている彼に会えばわかるでしょう」
彼って誰ですか? と聞きたいが、小さな女の子のくせに花は歩くのが速く、見失わないように追いかけるのが精一杯だ。必死にあとをついてゆく。
「ここよ」
喫茶店には複数の階層があることはわかっていたけれど、登降を繰り返し、やがて一度も見たことがない廊下にでた。ウォルナットの壁と、濃い蒼の絨毯が敷かれ、白の店とは思えない鬱蒼とした雰囲気だ。その奥にわずかな光が漏れるドアがある。
「話が終わったら私を呼んで。わかると思うけれど、そう願えばすぐ私に伝わるから。それからあなたの判定までの担当は私がします」
「えっ…………白さんじゃないんですか?」
「今まで特に害がなかったから、皆知っていて放っておいたけれど。あの子……白はあなたに対してずっと、してはいけないことをしていたの。だからもう、担当になる資格がないわ」
あんなにずっと一緒にいてくれたのに、資格がないとはどういうことか。それに、してはいけないことってなんだ?
「入らないの? それならここをすっ飛ばして判定に進むけれどいいかしら」
「いやっ……行きます!」
このドアの向こうに、自分の過去を知る人がいる。頭の中に広がる靄を晴らす時なのだろうか。
「……失礼します」
「不二夫っ!」
おそるおそる部屋をノックし、中に入るとすでに男性が座っていた。
不二夫を認識するとふわっと目を細める。なぜか胸のあたりがもやもやして、締めつけられる気分になった。
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