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彼はふわりと微笑み、うなずく。
「チカのそばにいるのが、君でよかった」
「……え、あの」
「奏音?」
困惑するオレの声にかぶって、これまでなかった主役の声が聴こえてきた。見ると、いつの間にか移動していた星児さんに促されるかたちで、販売のほうの事務所からチカが出てくるところだった。きょとんとした顔で首をひねっている。
「……なんで、奏音がここに……」
「チカ。今日だけは僕らもお祝いさせてほしい。来年からは、もうわがまま言わないからさ」
彼のことばを聴いたチカは店内の装飾にようやく気付いたように視線をさまよわせ、終着点でオレを見つけたあと、再び奏音さんに向きなおった。
「奏音……ありがと。星児も、ありがと」
出てきた声は小さくかすれて、少し震えていたように思う。
「オレは別に。奏音のしたいとおりに動いただけ」
「……カッコつけ」
「ああ?」
オレがぼそっと言ったひとことに過剰反応した星児さんのドスのきいた声が予想外に響いて、誰からともなく笑いがもれた。瞬間、不思議と充満していた緊張感がぶわっとどこかへ霧散していった。
「サク」
笑顔で猛突進してきたチカが、オレを押し倒さんばかりの勢いで抱きついてくる。
「おわっ」
なんとかよろけながら受け止めると、さらにぎゅうぎゅうとその場でしめつけられた。プロレスか。
「い、いた、チカさん、痛い痛い、ギブギブ」
「あ、ごめんっ」
興奮しすぎて力の加減がきかなかったんだろう。最近マシンガンになることはめっきり減ってきたけれど、チカのテンパリ癖が完全消滅したわけではないのだ。
「サク。ありがとう」
依然として離れないまま背中越しにチカがささやくから、オレは小さく首をかしげる。
「へ? オレ、まだなんもお祝いしてないけど?」
当然だ。誕生日は毎年チカの部屋で祝ってきたのだから、プレゼントはまだロッカーのカバンの中に入ったまま。
「ううん、そうじゃなくて。いてくれてありがとう。全部サクのおかげ。大好き」
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