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オンラインでパソコンの画面越しに向かい合った僕と綾は、しばらく無言でいた。
「――綾、あの」
「何?」
「実はこの間の土曜日、綾のアパートの前まで行ったんだ」
「――」
ぼやけ気味の画面の向こうでも、綾の表情が凍り付いたのがわかった。
「それで、あの……。綾のアパートから男の人が出て来るのを見てしまって……」
「――」
綾は無言のまま俯いた。
「他に好きな人が出来たのなら仕方ないけど……、でも、僕はやっぱり綾のことが……」
この数日ショックで頭の思考が追いつかなかったが、やっぱり僕は綾のことが好きだ。
僕がそう言いかけた時、綾が顔を上げて、「ちょっと、待ってて」と言って、オンラインの画面から立ち去った。
何だろう?
もしかして、このまま綾は逃げてしまうのだろうか。
それとも、僕の見えない場所にあの男がいて、「実は……」と言い出すのだろうか。
やっぱり、僕は綾に振られてしまうのだろうか。
色々と考えていると、やがて綾が戻って来た。
「――綾?」
いや、綾じゃない。
そこにいたのは、僕が土曜日に見た男だった。
いや、でも何かが違う。
男は土曜日に僕が見たのと同じ服装をしていたし、髪型も同じだった。
でも、顔は綾にそっくりだった。
「――すみません」
画面の向こうで綾、いやあの土曜日の男が口を開いた。顔は綾にそっくりだったが、声はやはり男の声だった。
「あの、これはどういうことなんですか?」
「本当にすみません。色々と事情がありまして……。僕は綾の双子の弟です」
「弟?」
綾に弟なんていただろうか? と僕が考えていると、綾の弟と名乗った男は続けた。
「綾は話してなかったと思うんですが、小さい頃に両親が離婚して綾は母親に僕は父親に引き取られたんです。ずっと音信不通だったんですが、たまたま僕が住んでいる街に綾が引っ越して来て偶然再会しました。この通り、顔がそっくりなので、すぐにわかったんです」
「そう、だったんですか……。でも、どうしてあなたがここに? 綾はどこにいるんですか?」
「綾は……。綾は一か月前に亡くなりました」
「亡くなった?!」
これはどういうことなのだろうか?
僕が戸惑っていると、綾の弟は続けた。
「綾はこっちに引っ越してから病気になったんです。二か月前くらいからずっと入院していました。綾は恋人であるあなたに心配をかけたくないと、僕に綾になってあなたとの相手をしてほしいと言って来ました。
あなたのことに関しては簡単に聞いていたので何とか相手もできましたし、声は綾の声に似せて加工して流してました。綾もしばらく入院していれば病気が治るだろうと思っていて……。
でも、治療も虚しく、綾は急に容体が悪くなり一か月前に亡くなってしまったんです」
「そんな……」
僕は自分の顔から、いや身体中から血の気が引いて行くのを感じた。
「本当にすみません。もっと早くお話しないと思ったのですが、なかなか切り出すことができなくて……」
画面の向こうで綾の弟が頭を下げる。
綾が亡くなっていたなんて……。
僕は事実が受け入れられないと同時に、どうして自分は綾のことを疑ってしまったのだろうか、と自分を責めた。
綾は自分に心配をかけたくないと、顔がそっくりな弟に僕の相手まで頼んだのに……。
もっと綾のことを信用してあげれば良かった。
僕がこんな風に綾を疑うから、綾も僕に本当のことを話せなかったのかもしれない。
僕は激しく後悔したが、綾はもうこの世にはいない。
僕ががくりと肩を落として顔を俯かせると、目から大粒の涙が零れ落ちた。
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