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もう一度あのお屋敷へ
私は与えられた部屋のベッドに腰掛けながら、あの女主人が来るのを今か今かと待っていた。
と、突然青のライトが点った。
慌てて隣の部屋へ向かう。
『コンコン』
ドアをノックしたが、中からの応答はない。
30センチほどドアを開けそっと中を覗いた。
「何か用事ですか?」
「……」
また黙りですか。
別にいいですけどね。
「ちょっと、入りますよ」
後ろ手でドアを閉め、部屋を見回した。
私の部屋と同じ造り。
入ってすぐ右手にベッドがあり、そのすぐ脇にサイドテーブル。左側は洗面所と、シャワールーム。
そして、正面には大きな出窓。
少年はベッドに仰向けになり、天井をジット睨み付けている。
「で、ご用件は何でしょう?」
「……」
「用事があるから呼んだんですよね」
「……」
「用が無ければ戻ります」
立ち去ろうとしたが不意に手を掴まれ、ドキッとした。
少年はこちらを黙って見つめてる。
「ん?何?」
精一杯の笑顔で少年の目をみつめた。
だが、少年からの応答はない。
ただ黙ってこちらを見詰めている。
「翠さん!」
階下から、不意に名を呼ばれドキッとした。
女主人が戻って来たのだ。
「は、ハ~イ!今行きます!」
慌てて少年の手を払いのけ、バタバタと階段を下りた。
「あの子に何か変わりはないですか?」
「いいえ、特に変わったところは……」
訊きたいことは沢山あったが、彼女の鋭い視線が私の口を閉ざした。
私を一瞥してから、彼女はゆっくりと階段を上がって行く。
今だ!
私は、玄関のドアへとゆっくり後退りした。
私の視界から彼女の姿が見えなくなったところでドアノブをそっと回す。
玄関へと続く石畳の周りに、一面の青い薔薇。
一瞬、目が惹き付けられる。おそらく、時間が許されるなら、何も考えずにボーッと眺めていただろう。
しかし、私は走った。久々の全力疾走で最寄りのバス停へと。
大学へ行くと、侑里が駆け寄って来て抱きついて来た。
「今まで何やってたの?電話も全然繋がらないし…」
「ごめんね」
侑里の大きな瞳に溢れる涙を見た時、私はその華奢な体をぎゅっと抱きしめ、ポツリと言った。
同時に、あの子の寂しげな顔が、脳裏へパッと浮かび上がる。どうにも気になって仕方がない。
また、アパートへ戻って洗濯もしなきゃ。などと、考えが全くまとまらなくなっている。
「侑里、ごめん。私、戻らなきゃ」
「戻るって、どこへ?」
「ほんとごめん。バイトの途中だから……」
やっぱ気になるのよね。
あの、私を見つめる眼差し。
何か言いたげな表情。
何か見落としているんじゃないか?
何か気付いて無いことがあるんじゃないか?
そして、女主人の鋭い眼差し。
蛇のようにまとわりつくねっとりとした視線。
一度気になってしまうと、性格上放っておけなくなってしまう。
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