とんがり岬の雨女

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髪の長い、色白の女性だった。歳は20代半ばくらいか。傘も差さずに、などと声を掛けてきたわりには彼女も傘を持っているようには見えない。しかし濡れている様子もないので、雨が降る前からここにいて、動くに動けなくなってしまい雨宿りしているのかもしれない。 作雄は内心面倒だなと思いながらも、休憩所に足を踏み入れた。 「いやぁ、ここの岬の景色が綺麗だって言うんで気晴らしにちょっと。そしたら急に雨が降ってきまして」 「ああ、それはきっと私のせいですね。すみません」 すみません、と言うわりには女性は笑顔で、謝っているようには見えない。 「あなたのせい、とは?」 「私、雨女なんです」 女性はいたずらっぽく笑い、そう言った。 雨女とは、あれか。外出したり大事な用事があるときによく雨が降るという。 何を根拠にそんな非科学的なことを、とは思うが偶然出会っただけの他人にいちいち突っかかるのもバカらしい。作雄は「なるほど」と表面上は納得したように応えた。 「雨が止むまで、雨宿りでもどうですか? 私で良ければ話し相手になりますよ」 「……では、お言葉に甘えさせていただきます」 本当はそんな気分ではなかったのだが、ここで断っても不自然だと考え、作雄は雨女の提案に乗ることにした。 本来であればたまたま出会っただけの、ここで別れれば金輪際関わることのない他人にどう不審がられようが気にすることなどないはずなのだが、そこで関係ないと割り切れないのが作雄の美点であり、欠点だった。 赤の他人を無視できない人間が、どうして部下を切り捨てられようか。 それがたとえ、悪事に手を染めていた者だとしても。 もっとも、そんな性格が作雄自身を苦しめることになっているのだが。 「今日はお休みですか?」 「ええ」 「ここにはどのように?」 「1時間ほど電車とバスを乗り継いで」 「どのような伝手で?」 「伝手、というか、昔ネット上で見かけた記事を思い出しまして」 他愛もない会話だった。雨女が質問をし、作雄が答える。ただそれだけのやり取り。 「普段はお仕事を?」 「しがないサラリーマンですよ」 「ご家族は?」 「今は、一人です」 「ここには、何をしに?」 「……」 その問いに、作雄は言い淀んでしまった。 答えなら持っているはずだった。景色を見に。気分転換をしに。そのために来たはずだった。にもかかわらず、作雄は咄嗟に答えることができなかった。 作雄から答えが返ってこなかったことなど気にしていない様子で雨女は言葉を続ける。 「ここから見える海は本当に綺麗なんですよ」 「そう、なんですね」 「ええ。風景に見とれて足を滑らせる人が毎年出るくらいに」 「……」 作雄の心はざわついていた。 その言葉は、誰を指しているのだろう。 その声は、誰に向けられているのだろう。 遠い昔に亡くなった誰かを想っているような。 今ここに居る誰かに向けられているような。 そんな底の見えない不透明さが作雄の心に言いようのない不安を与えていた。 まるで見えないナイフを心臓に突き付けられているような気分だった。 雨女は座ったまま、作雄の方を見てはいないのに。
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