とんがり岬の雨女

3/4
前へ
/4ページ
次へ
「人というのは不思議なものですね。大きな悩みを抱えている人ほど、自然の雄大さに魅せられ、そこに身を委ねてしまおうとするんです」 「悩み……」 「自覚の有無に関わらず、悩みというものは誰にでもあります。けれど悩んでいることだったり、解放されたいと思っていることだったり……そういったことは弱さで、相談したり打ち明けたりすることは格好の悪いことだという風潮が、どことなく存在している気がするんです」 「……」 いつしか作雄は雨女の言葉に耳を傾けていた。最初はただ、彼女の他愛もない質問に答えていただけだったのに。 「そしてときに、悩む心は自我を超えて本人にとっても思いもよらない行動を起こすことがあります。……ほんの一歩、ほんの一歩だけ、足を踏み外してしまう、そんなことが」 雨女の視線はずっと前を向いている。その先にあるものは、今更視線を辿らなくてもわかっている。 「……もし、悩みがあり、自覚もあり、それでもどうしたらいいのか答えが出ないときは、どうしたら良いと思いますか」 「ふふ、初めて、質問してくださいましたね」 雨女が作雄を見上げる。 その目と言葉に、作雄はハッとした。彼女の言う通りだった。作雄は最初、雨女の相手をするのを面倒だと思っていた。だから相槌を打つように、彼女の質問にただただ答えていた。それがいつの間にか彼女の言葉に耳を傾け、ついには自ら質問までしてしまっていた。これも彼女の言う「心が自我を超えた状態」なのかもしれない。 「誰かに質問するということは、その相手のことを知りたいと思うことです。その『知りたい』という想いを、自分自身に向けてみてください」 「自分に……知りたいを……」 「悩みというのは自分の中に両立できない大事なことが複数ある状態のことです。だから、まずは自分自身に聞いてみるんです。一つずつ。何が大切なのか。どのくらい大切なのか」 「そうすれば、解決する?」 「そんな簡単なことではありませんよ。でも、ヒントが得られることはあると思います。自分の大事なものの全部は両立できなくても、その中の一部なら共存が出来る事に気付いたり、自分にとっての優先順位が見えてきたり」 自分に問いかけてみる。何が大事なのか。どれだけ大事なのか。 「……もし、それでも解決策が見つからないのなら。どれも大事で、何も捨てられない……そんなときは、どうするんですか」 「そういうときは、こうです!」 勢いよく立ち上がった雨女は大きく息を吸い込むと力一杯に声を張り上げた。 「私は絶対、後悔してやらないからなーーーー!!!」 「っ!?」 その声はきっと雨に吸収されてしまい、すぐ側に居る作雄以外には聞こえていなかっただろう。 それでも、その声はどこまでも響き渡っていくようだった。 この世界に自分の選択を刻み付けてやる。そんな意思が込められていた。 「選べないときは、選べないものです。それでも。だから、その選択を他人とか、時間とか、そういった外部のものに委ねてはいけないんです。苦しいからこそ、自分自身で選ぶんです。それで、さっきみたいに叫んでみてください」 「叫ぶ……」 「別に実際に叫ぶ必要はありませんよ。でも、自分の心の中では叫んでください。悩むくらいなんですから。でもそれって悔しいじゃありませんか。だから後悔することを承知の上で、『後悔してやらない』って叫ぶんです」 後悔するとわかっていて、後悔しないと宣言する。それはきっと虚栄というものだろう。 しかし、そう言って胸を張る雨女の立ち姿は、世界に対して自分の存在を知らしめるように堂々として見えた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加