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「本当に叫んだところで後悔しないなんてことはありません。叫ばなくても結果は変わりません。けれど、その先はきっと変わります。自分の意思で選んだからこそ、後悔することも飲み込む覚悟で選択したからこそ、その後の一歩が踏み出せる。踏み外すことなく、歩き出せる。私はそう思います」
雨女は何事もなかったかのような顔で再び椅子に腰を下ろした。
その一連の動きはどこか慣れ切った、例えば役者が自然に振舞えるように同じことを何度も繰り返し練習したかのような、そんな体に染みついた立ち居振る舞いに見えた。
「本当に後悔しない道を選べるならそれに越したことはないですけど、現実はそうはいきません。だから自分自身のことを『知りたい』と問いかけて、その先でどの後悔をするか選ぶんです」
「それから、『後悔してやらない』と叫ぶ?」
「はい。そうしたらきっと、『選ばなかったとき』とは違う一歩が踏み出せますから」
それはお世辞にも作雄の質問の答えとは言い難い回答だった。結局、悩みは解決できないから精神論、根性論で乗り越えろと言っているようなものだ。
……それでも、彼女の言葉にはどこか信頼に値する強さがあった。
「そうか、うん、そうかもな……よし」
どうせここには雨女しかいない。誰に迷惑をかけるわけでもないのなら、それも一興かもしれない。作雄は岬の、そのさらに向こう。目に見えていない遥か彼方の未来や、あるいは世界の意思とか、神とか、そういった非科学的な何かを睨みつけ、思いっ切り息を吸い込み、叫んだ。
「俺は、絶対に、後悔してやらないからなーーーーー!!!」
「あらあらあら」
予告も宣言もなく叫びだした作雄を見て雨女は目を丸くして驚いていた。
今までなんだかんだで彼女にペースを握られどこか得体のしれない存在と感じていた作雄は、その人間らしい反応にどこか安心感を覚えていた。
「良い叫びでしたね。後悔、決めたんですか?」
「いえ、まだ決まっていません」
「あら?」
「ただ、後悔する覚悟は決めました」
「ふふふ、そうですか」
雨女の質問には答えられない。自分がどうするか、何を選び取るか、決まってなどいないから。それでも作雄は叫んだ。きっとそうすることが自分にとっての決意表明になると、そう感じたからだった。
「雨、上がりましたね」
「そうですね」
気が付けば雨女の言う通り、雨はすっかり上がり晴れ間が差し込みだしていた。
作雄は一礼し、屋根の下から足を踏み出した。
「今日はありがとうございました、自分はこれで失礼します」
「岬、見ていかれないんですか?」
背を向ける作雄に対して雨女が問いかけた。当然の質問だった。作雄は本来の目的地だった岬の方ではなく、バス停がある後方へと向かっていた。
けれど間違えてはいない。作雄はもう、岬に用はなくなっていた。気分転換なら雨女のおかげで。景色なら、景色を見たいと思ったときにまた来れば良い。
「ええ、今日のところは止めておきます」
「そうですか」
雨女はそれ以上の追及はしなかった。
これ以上質問もなさそうだと感じ再び歩き出そうとした作雄はふと思い至り、振り返った。
「そうだ、最後に握手、していただけませんか」
「もちろん構いませんよ」
スッと差し出された白く細い手を迎えた作雄は、思わず目を見開いた。
「……随分、冷たい手をしてらっしゃいますね」
彼女の手は、雨に打たれ満足に乾いてもいない作雄の手よりなお、冷たかった。
「言ったじゃないですか」
「?」
繋がった手は放さないまま、彼女は少し困ったような笑顔で言った。
「私、雨女なんですよ」
今日は、ついている。彼女の笑顔を見て、作雄はそう思った。
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