夏休みは もうすぐ 2

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(家永准教授(先生)め。……呪ってやるぅ!)  五徳、蝋燭の入ったレジかごを握りしめつつ、美羽は釘を買いにDIYコーナーに向かった。 「な、何という数……」  甘く見ていた。  釘にこんなに種類と数があるなんて。  正しくは釘とねじのコーナーだったが、DIYコーナーの棚一面全てがありとあらゆる釘とねじで埋め尽くされていた。  土台、美羽は五寸釘を知らない。よく耳にするものの、見たことがない。 (五寸釘とは、どれの事だろ?)  棚の前で、美羽はまばたきを数回しつつ 「五寸っていうのは、普通に考えて一寸の五倍ってことよね。んで、一寸っていうのは……? どのくらいかな? 一寸法師っていうくらいだから、一寸はちっさいってことよね。その五倍も、たかがしれてる訳だから……」  ブツブツと呟きながら、適当な釘に手を伸ばしてみた。 「?!」  その手を、不意に横から現れた腕に捕まれ、美羽は息をのんだ。  男が、美羽の手首を掴んでいた。 「え?」  まるで昔からの友達のように美羽の手首を掴んで離さない男は、明らかに知らない男だ。 「誰? 手……、離して」  男から視線を外せない。  あまりの異常事態に手首と共に魂までも掴まれたように美羽は、男の顔を見つめたまま、抑揚なく喋った。 「探しているのは五寸釘だろ? だったら……」  男は美羽の手を持ったまま、五寸釘を収納している棚の引き出しに導く。 「ここだよ」  親切な店員みたいにも思えたが、店の制服を着ていない。それにどんなに親切な店員でも、さすがに手を引いて商品を案内するはずもない。美羽の小さなつぶやきを、ずっと事細かに聞き取って、美羽に接近してきたのだ。 (……ストーカー!?)  まいたと思ってたストーカーだ。  今はマズイ。  門脇がいない。 (どうしよう。怖い……)  だけど、ストーカーだと思ったとたん、声さえも出せなくなっていた。突然滑り込んだ日常を装った異常事態に美羽は硬直していた。  思考だけが(怖い。声を上げなくちゃ。助け、呼ばなくちゃ。逃げなくちゃ)と何度も何度も繰り返すが、体がまるで金縛りにあったかのように動けない。  片や、相手の男のなんと堂々とした言動よ。  凍りつく美羽と真逆に男は、さも当たり前のように 「美羽さん……」  と語りかけた。 (っ……! 名前、知られてる……!)  知らない男に熱っぽく名前を呼ばれて、ゾワリと肌が粟立った。 「綺麗な指だね」  手首を掴んでいた男は、そのまま指を絡めた。 「……!」  美羽の指と指の間に、するりと男の指が滑り込む。恋人ツナギになった手の平、指の間から生ぬるい男の体温が伝わって、ゾワワワと美羽は総毛立った。
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