242人が本棚に入れています
本棚に追加
/778ページ
「ほんと酷いですよ。妙齢の娘を相手にこんな猫みたいに首根っこ捕まえて」
礼は乱れた襟元を直す。
「つい。……ごめんね」
反射的に手が出ていたので、章か俊也かを捕まえる勢いで襟元を掴んでしまっていた。24歳の娘にして良い仕打ちではないだろう。
「あの、礼ちゃん」
おずおずと将之が話しかける。
「何?」
「ちょっと聞きたいんだけど、僕と引きはがされたことを怒ってないの? 襟首掴まれたことを怒っているの?」
「んー……。それはヨンロク」
「は?」
「4:6。どちらかと言うと平野さんに首根っこ掴まれた方を怒ってます」
やはりそっちだったか……と知己は思い、改めて
「ごめん」
と三度謝った。
その傍らで、
「ふーん。そう。僕と引き裂かれたことはそんなに重くないんだ」
将之は、いじけていた。
(俺だって驚いている。自分があんなことをするなんて)
驚くと同時になんだかモヤモヤとした気分に包まれている。
そんな暗い表情になっていた知己を礼が覗き込んだ。
「それにしても、お兄さんにこんな美人の同居人が居るとは思わなかった」
ソファに座り直し、礼はまじまじと知己を見つめた。
心なしか嬉しそうだ。
「美人、言うな」
礼なりに気を遣って言ったのだろうが、将之的褒め言葉の選択間違いに血の繋がりを感じた。
その所為もあってか、自然と知己の礼に対しての態度や言葉遣いも砕けてきた。知己としては初対面の人間相手にこんなに打ち解けて(?)話せるのも希有なことである。
「あれ? 待てよ。確か……えっと……平野さんが先輩? なんか聞き覚えが……」
礼が急に考え込んだ。
「礼ちゃん、思い出さなくていいよ」
将之がキッチンから二人に淹れ立てのコーヒーを運んできた。
「なんだっけ。えーっと、ここまで出かかっているんだけど……」
考え込む礼の横で、将之が
「忘れろー! 忘れろー!」
と不思議な指の動きをしている。
(何やってんだ、こいつ)
と思いながら、淹れてもらったコーヒーを啜る。
きっと、忘れてほしいおまじないか何かだろうと思うと、章を思い出した。
(女の子じゃなくても、おまじない好きなヤツがここに居るぞ)
などと思っていたら、突然礼が叫んだ。
最初のコメントを投稿しよう!