夏休みが来た 2

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「ほんと酷いですよ。妙齢の娘を相手にこんな猫みたいに首根っこ捕まえて」  礼は乱れた襟元を直す。 「つい。……ごめんね」  反射的に手が出ていたので、章か俊也かを捕まえる勢いで襟元を掴んでしまっていた。24歳の娘にして良い仕打ちではないだろう。 「あの、礼ちゃん」  おずおずと将之が話しかける。 「何?」 「ちょっと聞きたいんだけど、僕と引きはがされたことを怒ってないの? 襟首掴まれたことを怒っているの?」 「んー……。それはヨンロク」 「は?」 「4:6。どちらかと言うと平野さんに首根っこ掴まれた方を怒ってます」  やはりそっちだったか……と知己は思い、改めて 「ごめん」  と三度(みたび)謝った。  その傍らで、 「ふーん。そう。僕と引き裂かれたことはそんなに重くないんだ」  将之は、いじけていた。 (俺だって驚いている。自分があんなことをするなんて)  驚くと同時になんだかモヤモヤとした気分に包まれている。  そんな暗い表情になっていた知己を礼が覗き込んだ。 「それにしても、お兄さんにこんな美人の同居人が居るとは思わなかった」  ソファに座り直し、礼はまじまじと知己を見つめた。  心なしか嬉しそうだ。 「美人、言うな」  礼なりに気を遣って言ったのだろうが、将之的褒め言葉の選択間違いに血の繋がりを感じた。  その所為もあってか、自然と知己の礼に対しての態度や言葉遣いも砕けてきた。知己としては初対面の人間相手にこんなに打ち解けて(?)話せるのも希有なことである。 「あれ? 待てよ。確か……えっと……さんが? なんか聞き覚えが……」  礼が急に考え込んだ。 「礼ちゃん、思い出さなくていいよ」  将之がキッチンから二人に淹れ立てのコーヒーを運んできた。 「なんだっけ。えーっと、ここまで出かかっているんだけど……」  考え込む礼の横で、将之が 「忘れろー! 忘れろー!」  と不思議な指の動きをしている。 (何やってんだ、こいつ)  と思いながら、淹れてもらったコーヒーを啜る。  きっと、忘れてほしいおまじないか何かだろうと思うと、章を思い出した。 (女の子じゃなくても、おまじない好きなヤツがここに居るぞ)  などと思っていたら、突然礼が叫んだ。
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